だからこそ、千沙子の母親に関係を迫られた時に、さっさと辞める事を決意した。

 何度か断ったものの、オレの顔を見る度に、涙を流して懇願されるのはうんざりだ。

 千沙子との関係だって、屋敷の人間には一応秘密って事になっていたけど、何人か気付いてる奴が居ても不思議じゃない。
 いつか父親の耳にも入るだろう。

 その時、自分の娘のみならず、自分の妻まで誑かしたなんて思われてみろ。
 単に解雇されるだけならまだしも、恨みを買って社会的圧力をかけられたら、たまったもんじゃない。

 身の危険を感じたオレは、すぐさま辞表を書き、恋人としての関係も、主人と執事としての関係も全て解消すると千沙子に置手紙を残し、伊勢村の屋敷を後にした。

 その後、すぐに新しい働き口が見つかったのは、僥倖だった。

 おまけに御剣家は父子家庭で、伊勢村家のようなゴタゴタに巻き込まれる可能性も皆無だ。