眠れないわけじゃない。それなりに睡眠は取るし、どちらかと言えばよく眠いと感じる方だ。


だけど、得体の知れないものに、知ってるけど知らないふりをしてるものに、怯えて眠れない時があるから。きっと、多分、そういう意味合いだと思った。



何より、“彼女”が考えそうな文章だと思ったんだ。



『彗? これでスイって読むの?』


――思い出す。

ずっと、ずっと昔のことのようで、未だ色褪せない記憶。


大切にしていたはずで、宝物だったはずの記憶。


彼女は……凪は、まだ覚えていてくれるのかな。


俺という不甲斐ない人間を。高校生になる俺を、まだ思い出すことがあるかな。



「……彗くん?」


突然背後から掛けられた声にハッとして、ぎこちなく見向く。


そこに立っていたのは、この場所で“院長”と呼ばれる女性だった。


目尻や口元にしわを寄せて笑う姿は、慈愛で溢れてることを知っている。本当は苦手でしょうがないけど、嫌いなわけじゃない。