奈美さんは、顔をあげて、俺に言った。 『結婚とかもね、焦らなくていいの。 それだけが女の幸せじゃない。 特に文子みたいな子は。』 そして少し切なそうな顔をした。 『深い愛を、そのまま伝えて。』 そう言い残し、親子は去っていった。 名前は忘れたけど、奈美さんの子はずっと手をふっていた。 俺も、行こう。 耳の奥で、ベルが聞こえる。 あの人が、呼んでいる。 いや、本当はずっと聞こえてたんだ。 ずっと、聞こえないふりをしていたんだ。 あの人が呼んでいる。 愛しい声で、呼んでいる。