そんな日々が、冬になっても続いた。
その頃には自然と下の名前で呼び合うようになっていた。
文子が笑えば俺も笑う。
文子がうつむけば俺も黙る。
文子が泣けば俺も悲しくて。
彼女の一喜一憂が、常に俺を動かした。
自分以外の人間をこんなに大切に思う自分に、日々驚かされる。
『見て嘉人、今日も雪ー。』
『お、綺麗。』
夕方降りだした雪がちらちらと舞い、うっすらと屋上に積もりはじめていた。
『私こーゆー淡い色も好きだなぁ。
‥でも寒っ!』
文子が細い手をすり合わせる。
『温めますか?朧月夜の君。』
『あら。‥ふふっ、ちゃんと勉強してるのね。』
彼女はいたずらに俺を横目で見て、差し出した手をとる。
朧月夜とは、源氏物語の中で、光源氏と禁じられた恋に落ちた姫君の事だ。
『なんで嘉人の手はこんなにあったかいのー?』
『心が冷たいからー。』
『ふふっそれは違うよ。』
手をつなぎながら雪の上を進むと、しゃく、しゃく、と音を立てて足跡が残っていく。
『じゃぁ、文子に半分温度あげるためかも。』
隣を見る。
彼女は黙って雪を見ている。
『‥“何それーくさっ”とか言わないの?ちょっと狙ったんだけど。』
すると彼女は俺の頬にキスをした。
『言わない。』
にこっと笑う。
『それいいなって思って。
私の方があったかい時は、あなたに半分あげるわ。
寒いときは温め合って、
雨の日は同じ傘に入って、
転んだら肩組んで歩調合わせて‥
そうやって、歩いていきたい。』


