『みんな、お庭の掃除ありがとうね。おや、嘉人君おかえり。ちゃんと手洗いうがいはしたかい?』

『‥ただいま。これからっす。』

『嘉兄ばっちいー!』
『ばっちいー!』
『お前らなぁー。』


俺が、洗面所に移動すると、園長が声をかけた。

『嘉人君、あとでちょっと部屋にきてね。』


びくっとして鏡越しに園長を見やると、園長は笑顔を送ってきた。
ただ、一重の細い目だけが、笑っていなかった。




俺の両親は、2歳の俺をこの施設に預け、貧しさのために心中した。


両親と、前の園長はちょっとした縁があったとか。

彼はよく両親の話を聞かせてくれた。
俺にはもう血のつながった親戚は残っていなかったから、祖父のようなその園長の存在は、痛いほどありがたかった。

しかし、俺がここに住み始めて2ヵ月程で、彼は亡くなった。
胃ガンだと聞いた。


その後、園長に就任したのが今のワカマツ園長だ。



ワカマツ園長は、人柄がよく、前の園長の信頼も厚く、もしもの時は‥と予め就任を託していたほどだ。



しかし、俺は見てしまった。
葬式の翌日、園長室の机の下で泣いていると、ワカマツ園長が入ってきた。

泣いているのを見られるのが恥ずかしくて、そのまま隠れていると、彼はぶつぶつ言いながら部屋を見回した。

棺桶の前で、あんなに涙していたワカマツさんは、『園長 長谷川』というプレートをごみ箱に捨てた。

そして見たことのない笑顔で、つぶやいた。

『あーあ、やっとくたばったよあのジジイ。』