考えなければならないことや、立ち向かわねばならないこと。
これらから目をそむけることでやっと生き延びていた私のような人間は、
逃げ道を塞がれた途端行き場をなくしてしまう。

その時広がる風景は、真っ暗な部屋にただ一つ当たり前のように死への扉が用意されている、といったもので。
周りの様子は全く見えなくても、その扉の輪郭だけはぼんやりと、しかし確かに目にすることができるのだ。

あまりに近くにあるその扉に、私は簡単に手を伸ばした。


その時、私の腕を掴んだのは
私が心を持っていた頃、愛しいと感じた人の大きな手だった。


彼はいつ、自分の部屋から踏み出し、私の元へたどり着いたのだろう。


とにかくその時、私は部屋にいるのは私だけではないということを知ってしまった。

私は扉の前で、彼と眠ったり物を食べて時を刻んだ。


彼は、私が隙をみて扉を開けようとしているのを知っていたので、少しずつ私を扉から遠ざけようとした。

するとそのうち、亮太やカナが部屋の外から明かりを灯して私を探しに来た。


見つけると、こちらに来い、と私を引っ張っていこうとする。


外の世界に行けば、また私は傷だらけになるだけじゃないか。
わかっているのに、どうして連れて行こうとする?

恐ろしくなって私は逃げた。
息を切らし、這いつくばって逃げた。

早くあの扉を開けなければ!
そうノブに手をかけた瞬間、またしても高瀬がそれを制した。

どうして邪魔ばかりするんだ。
そう抵抗する私に対して、彼は
愛していると
言った。



なんて場違いな台詞だろう。
そんなものが信じられたら私はきっとこの部屋になどいないというのに。

そうして彼からも、私は逃げようとした。


そこに、母親が現れたのだ。

同じような部屋で同じ扉を開けようとしていたはずの彼女は、
その手で私をきつく抱きしめた。

驚くほどの温度で、みるみる扉や壁が溶けていった。

そして、彼女の涙は光を帯び、あたりを照らし始めた。