驚いて扉をそっと開けると、母がそこにしわくちゃのエプロンをつけて夕飯を作っていた。

食材は高瀬が買ってきた物だろう。

おたまに少しすくって味見をする。


「母親」の背中だった。

私はそれをぼうっと見つめた。

夢に描いた景色だった。



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「今日は麗ちゃんの好きなハンバーグでーす♪」


「わーい!!」
「お、うまそう。」

「にんじんもちゃんと食べるのよう?」
「えぇーやだぁ!」
「にんじん食べなきゃハンバーグ食べれないぞ?」

「えー‥うう、じゃぁ食べる。」
「ふふふ、いーこいーこ。栄養いっぱいとって元気な子でいなきゃ!」


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小さい頃の私のあの笑顔は、母の血のにじむような努力と忍耐で支えられていた。


ずっと、私は彼女の痛みになど目を向けていなかった。

うっすら気付いても、いつだって自分の傷が優先だった。


一人で逃げなかった母に、戦った母に、私は感謝の言葉一つもかけなかった。



身をかたくしてぽろぽろと涙をこぼしていると、
後ろから高瀬が肩を抱いた。


『ちょっとお母さん、この子この焦げ臭さに耐えられないってよ!』
『え!?ちょ、違‥‥あ、でも本当に何この匂い‥』
『あーっ魚焼いてたんだ!うーわ料理なんて久しぶりだからっ‥』

慌てて母はひものを取り出したが、それはすっかり墨のようになりぷすぷすと音を立て、食べる事は不可能ですよというオーラを発していた。

『‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥誰が食べんの、これ。』

一人また一人吹き出し、最後は三人で笑い合った。



その時だ、皿を置いたテーブルに、何か汚れのようなものが見えた。

どけてみて、目を見張る。

父の字だった。