そこにいたのは、息を切らした母親だった。


いつも外に出る時とはまるで違う、シンプルな格好。
化粧もしていない。



高瀬が、『おせーよ』。と呟く。
『間に合ったけどな。』


母親は私のそばまで来て正座した。

『何しにきたの‥』

一度ためらってから、そう呟く私の手を握り、土下座するような格好で、『話を‥』と声をしぼりだした。

私は何が起きたのかすぐには理解できず、それを振り払った。

なんなんだ、今日は‥‥


そのまま『いい』とも『いや』とも言えずにいると、彼女は再び口を開いた。


『私、昔は、すべてを愛せていたの。』



そしてバッグから一冊のアルバムを取出し、ひろげた。


見ると、そこには温かさに満ちた表情の若き両親と、くったくのない笑顔の私がいた。二歳くらいだろうか。

今の私にとってははかなき夢である。



『あの人もあんたも、全部‥。

ものごころついたあんたに、お前は私とあの人が愛し合って生まれた子ではないと言ったよね。』

私は頷く。


『確かに、あの人にナンパされてできた子だった。
それで責任をとってもらう形の結婚。
周りからは、なんてあさはかな女だと罵られた。

誰より、あんたの父親がそう思ったかもしれない。

でも、私にとっては、純愛だったんだ。


‥私は、彼が声をかけてくる前から彼を知っていて、一方的に恋をしていたから。』


そんなの初耳だ。

『お父さんはそれ知ってるの?』

そう聞くと、彼女は首を横にふった。

『なんで』
『言えなかった。

恥ずかしかったのよ。
一方的に好きで、身体を交える時、これで子供ができたら、やった結婚してもらえる、なんて汚い考えを持ったこと、知られたくなかった‥!

それならあさはかな女である方がマシだった。』


なによそれ‥

そう言いかけると彼女は『話がそれたね』と咳払いした。