部屋に戻り、ナプキンの代わりに買った便箋をテーブルに置き、ペンを持った。

一言残していく人の名前を書いていく。


高瀬、亮太、亮太の親、カナ、藤田先生、バイトのおばちゃん、小学校の頃の担任、母親‥‥


一人一人との思い出がマッチ売りの少女のように目の前に浮かんだ。

最後の言葉がまとまらない。


そして、はっとした。

ペンを持つ手が震えた。

頭の中で、どの人間も、私にむかって微笑んでいるのだ。

その笑顔は疑う余地のないほど暖かいものに満ちていて、もう風呂に湯をはり剃刀まで用意した私の心を揺さぶった。


——ちゃんと、見ろよ——

亮太の声が蘇る。

それをかき消すように頭をふる。

紙を丸めたその時だった。



鍵を開ける音がする。
剃刀を隠そうと立ち上がると同時に扉が開く。


高瀬は私の姿をみて深い息をこぼした。

片手にはプリンやチョコなどあらゆる甘味で溢れる袋。


相当心配したのだろう、彼は私の肩をさすってしばらく存在を確認していた。

その動作が、初めてここに来た日の雨を思い出させた。


『‥早いけど、お風呂入りたいの。』

そう言うと、あぁ、と我に返って離した。


浴室で剃刀を片付ける。

さっきの高瀬の表情を思い出しながら、やはりここで逝くわけには‥彼にその姿を見せてはいけない、と思った。

その考えに、自分で少し泣きそうになった。

刃を指でそっとなぞり、傷口から、ぽつ、と赤い温かい涙が浮かぶのをぼんやりながめていて、ふと気付く。

‥‥さっきの紙、見られたかな。