人気のない道に入ると、屋根の下で彼はコートを私にかぶせ、ここにいろよ、と一言残してどこかに走っていった。

つかまれた腕が少し赤くなっている。

遠ざかる足音を聞きながら、高瀬の香りに包まれた私は、しゃがみこんで静かに泣いた。




光の消えたはずの私の胸の中に、かぼそく残る彼への熱を見つけてしまった。


もう何一つ残っていないと、
“無”になったと、
思っていたのに。

そんなに好きかよ、と自分であきれてしまった。



目をつぶり、雨に耳をすましていると、再び足音が聞こえた。



『今、他の教師まいてきたから。』


なんでも、先週うちの高校の生徒の団体がこの地区で補導されたため、何人かで見回りをしていたそうだ。


『‥お前何やってんの。』


心配しているような、あきれたような、怒っているような、声。


コートで表情が見えないのが幸いだった。



『‥行くぞ。』

彼が私を立たせる。

『‥どこに。』

『お前の家。』

『私に家なんてない。』

『———‥‥。』

『どこにもいかない、私は行かない。』


彼は傘を置き、かぶせていたコートをとり、私の肩にかけた。


顔があらわになり、目が合うと、彼はぴたりと動きを止めた。



『本当に、どうしたんだよ‥お前‥。』


——どうして


『目‥ビー玉みたい。』


——あなたが

『つめてぇし、生きてんのかよ。』

——泣きそうなの




肩に触れた手に、そのまま抱き寄せられる。

突然、温度に包まれる。


あぁ、この世にはまだ、こんなに温かいものがあったのか。