その時だ。
スーツを着た陰気な感じの男が、その家に近づいてきた。
一目で父親だとわかり、電柱裏に隠れる。
数年で一気に白髪が増え、背中も曲がったように見えた。
歩く足からも目からも、気力とか、活気とか、そういう類の言葉は感じられなかった。
持っているコンビニ袋からは、一本の缶ビールのラベルが透けて見えた。
彼は扉の前で鍵を一度落とすと、ため息をついてそれを拾い、“キィ”っと軽い音をたて、中に入っていった。
小さく、控えめな蛍光灯がチカチカしてから灯る。
以前の父なら『あぁ畜生!』と苛々と鍵を拾っていただろう。
私と母に手をあげていた父親は、もうそこにいなかった。
ふと、カナの言葉が頭に浮かんだ。
“‥私は、暴力ふるったって、何を言ったって、お父さんはお父さんだと思うから‥っ”
しばらく、そこから動けなかった。


