私は手紙をしまい、朝食をつくりに居間に入った。
トーストを焼き始めると、母親が起きてきた。
ベーコンエッグに少しの野菜を添えてテーブルに並べると、彼女は椅子に座った。

トーストが焼けて、私も向かいの椅子に座るが、彼女はソファーに移動せずに食べ始めた。
二人で向かい合っての朝食。こんなの何年ぶりだろう。

高瀬の昔話の一件から、ぽつりぽつり親子の会話が増えていった気がしたが、驚いて私はしばらくきょとんとしていた。

すると母は、「食べないの?」
そう言って微笑んだ。


その一瞬は写真のように私の胸に残り、温度をもった。


期待しすぎてはいけない、と自制しつつも、喜ばずにはいられなかった。




その日の午後、私は図書館に行くのをやめて、前の家の近くまで足を運んでみることにした。



どうしてだったのだろう。
この時の私にとって、それは風に呼ばれたように、ごく自然な事だったのだ。




駅から町並みを見渡しながら一歩一歩踏みしめていく。

お母さんと手をつないでよく来たスーパー、
逆上がりの練習をした公園、
初めて参考書を買った本屋、

そして、親子三人の思い出のつまった、一軒家。



心臓の音を聞きながら、距離をおいて見つめる。


三歳の頃建てられたこの家は、真っ白い壁で、母親が育てる花々が並び、それはそれはお城のようで、私ははしゃぎ回って遊んだ。

いつからだろう、夫婦喧嘩のたびに、すべてが色褪せていった。

父親しか住んでいない松田家は、側に生えた木の、葉のない細くて淋しい枝達がよく似合っていた。

投げられたビンや、割れた窓ガラスもそのままだ。