ワープロぐらいはあったにしても、今作家を目指す若い卵たちとは置かれた環境が全く違っていた。


 岸川先生はたまたま、地方の小さな文芸賞を受賞したものの、あまりにも賞の規模が小さかったため、心血を注いで書いた作品も結局本にならず仕舞いだった。


 そして先生は大学卒業前にはっきりと決めたらしい。


「自分は研究者の方を目指す」と。


 卒業後、付属の大学院に進学した岸川先生は修士号まで取った後、博士課程を単位取得で退学して、恩師である水島裕太郎教授の助手になったらしい。


 岸川先生は大学と大学院に在学中、たくさんの本を読んで、文芸に関しての基礎を徹底して叩き込んだようだ。


 それが今、学生相手に最近の作家の作品をテキストとして使いながら行える講義へと
開花していた。


 ボクも愛海も岸川先生の講義にだけは必ず出る。


 週一回が何よりの楽しみなのだ。


 その日も岸川先生は額から零れ出る汗をハンドタオルで拭い取りながら、長々と学生相手に喋り続けた。