白き旋律

「先生超上手いー」
「じゃあ、次、幻想即興曲弾いて下さい。」

 1曲弾き終えたところで、松下玲の周りには続々と生徒が集まって、リクエストの嵐になった。どうやら彼女はあの1曲で生徒の緊張感を和らげたらしい。
 次々にリクエストされた曲を奏でていく彼女を見つめながら、紀紗も弾けない曲とかないんだろうなと、そんなことばかり、とりとめもなく考えていた。
 冷静に考え直してみると、やたら思考の中に『紀紗』が出てきていることを知る。紀紗だったらこうするとか、紀紗と先生の違いはここなんじゃないか、とか。

「…どんだけ浸食されてんだ、俺。」
「悠夜?」
「あー…なんでもない。」
「?」

 理子が不思議そうな表情を浮かべながらこちらを見つめていた。その微妙な気まずさを打ち破ってくれたのは授業終了のチャイムだった。

「今日はとりあえずここまで。私は主に皆さんの課題曲の練習の手伝いをします。今日は第一音楽室でしたが、次の授業からは第二音楽室で行いますから。それでは皆さん、また次の授業に。」
「悠夜、次の授業行きましょう。」
「おう。」
「あ!ちょっと待ってくれるかな?柏木悠夜くん。」
「はい…?」

 唐突に呼び止められて、クラスの視線が悠夜に集まって気まずくなる。最初に指名されたこともそうだが、特に接点と呼べるようなものは今までになかったはずだ。…少なくとも、覚えている限りでは。

「放課後、ちょっと確認したいことがあります。特別棟の玄関に来てくれますか?」
「はぁ…?」
「それじゃあ放課後に。」

 曖昧な返事をイエスと受け取ったらしい彼女は、笑顔を残して、音楽室を出た。
 頭の中は疑問でいっぱいだった。どうやら次の授業は手につきそうもない。何故か新任教師に目を付けられた。現状、それだけが唯一わかることだ。