「謝んなくていーよ。
別に、怒ってねーし」
先輩は私から目を逸らすと、恥ずかしそうに頬を掻いた。
「俺んち、さ………」
私は息をするのも忘れて、先輩の次の言葉を待った。
耳鳴りがしそうなほど、静かな空間。
…………そして。
「母子家庭、なんだ」
「えっ」
予想外の告白に、思わず声を漏らした。
駿河先輩が、母子家庭……
と、いうことは?
「親父は、俺が小さい時に病気で死んだ。
だから俺には、親父との思い出がほとんどないんだ」
………そう、なんだ。
私には、両親もいるし、頼りになる兄が二人もいる。
だから、よくわからないけど……
お母さんと二人暮しって、どんな感じなんだろう?
やっぱり、寂しいのかな?
それとも先輩にとっては、それが当たり前?
「お袋は俺を養うために、毎日朝から晩まで必死に働いてる。」
「そう、なんですか」
そっか……そうだよね。
お父さんがいないってことは、働く人がいないってことで。
お母さんが働かないと、やっていけなくなるってことで。
私は“父親”という存在の大きさを、改めて思い知ったような気がした。
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