「謝る必要はない。
……怪我は、しなかったか?」
部活中の怒声からは想像できないくらい穏やかな声色で、将兄は私にそう問い掛けた。
ついさっきまでの焦りは、
もう感じられない。
頭に触れたのは、彼の掌のようだ。
親が泣いている子供をあやす時のように、
私の髪を優しく、ゆっくりと撫でる。
その動作に、不覚にもドキッとしてしまう私。
「………む。
膝を擦ったようだな」
将兄の言葉につられて膝に目を向けると、
確かに右膝から血が滲んでいた。
それに気が付いた瞬間、擦り傷特有の痛みがジワジワと込み上げてくる。
「ちょっと待ってろ」
将兄はそれだけ言うと、
小走りでどこかへ向かった。
向かった先は、無造作に放り投げられたテニスバッグの所。
でも、なんでそんなところに?
「これを背負っていたら、
走りづらいからな。」
───だから、置いてきたんだ。
平然とした態度でそんな説明をしながら、
将兄はバッグを漁っている。
……そんなに必死になって、来てくれたんだ。
───優しすぎるよ、将兄。
そう思ったけど、
敢えて口には出さなかった。
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