「…クソババ独身社長」
レコーディングルームに入るとき呟く。
「なんか言ったかー?」
「何も言ってねぇよ。さっさとやるから、曲流せよ」
ヘッドフォンを耳に着け、マイクの目の前へ。
「壱流、歌詞覚えたのかよっ?」
晴翔が感嘆の声をあげた。
「当たり前だろ。誰だと思ってんだよ」
「すっげー!俺、全く覚えてねぇよ!」
「一回で終わらせなかったら鉄拳な」
にっこり、と黒い笑みを見せると一気に晴翔が青ざめた。
「壱流、ほんとに妥協しないねぇ!」
「初めて歌ったときのが一番いいんだよ」
変に小細工なんかしねぇし。
「じゃ、ドラマの役になりきんな。そしたら一発かもしれないよ」
「ドラマの役?俺、まだ台本貰ってねぇんだけど」
顔をしかめ、クソババを見る。
「忘れてた…えへっ」
「おま…っ!」
「はい、いくよー!」
耳からメロディーが流れてきたので仕方なく黙る。
目をつぶり、世界に俺だけしか、いなくなる。
前奏が長めのこの曲。
準備する時間は沢山あった。
ふっ、と息を吸い、言葉を紡ぎだす。
今、この歌のなかに生きている人物の人生の一欠片を歌ってる。
それが妙に不思議な空間だった。