そこで、あ、と策を思い付く。
不敵に笑い、馬鹿と再び向き合った。
「なななな…」
「お前は…、今【歌姫】」
「急に、なに言…」
「お前は、高崎光じゃねえ。歌姫…【笠置美音】だ」
俺の意図がわかったのか、馬鹿の目の色がスッと変わる。
目を瞑って、次に開いたときは。
「目、開けてみろよ」
きっと、お前は歌姫になってる。
壁に寄りかかり、じっと馬鹿を見つめた。目をゆっくりと開けた馬鹿は一言も声を発さない。
流れ出すピアノのメロディー
そして、息を吸ったその瞬間。
お前の世界も……歌が広がっている。
なかなか、トリップから戻ってこない馬鹿をデコピンで起こした。
「……っあ、いちる!!どうだった?」
「……いいんじゃねーの」
嘘、すっげえ……良かったと思う。だけど、ムカつくから絶対言わねえよ。
「えー、微妙だった?」
「何、お前覚えてねえの?」
「あやふや…かなあ」
前、ある映画評論家が馬鹿のことを「憑依型というより、中身をそのまま役と交換してしまう天才……演技の神様に愛された子だ」と言っていたことがあった。
……ああ、ほんとにそうかもしれない。