マンションの自動ドアに入ろうとした時、後ろから声をかけられた


「おい」

「…いち…る…」

「大丈夫かよ」



困惑したような表情を浮かべて、あたしを見つめている。



「な…なにが」

「違くね?お前」


顔が歪むのがわかる。

いちる、心配してくれてるんだ。

だけど。


「いやー、泣きすぎたからねっ!疲れちゃって!」

「……は?」

「顔がひどいのわかってるよっ!明日の撮影に支障ないよう頑張りますので!」


ぴしっ、と敬礼して笑うといちるはまだ納得してないみたいだけど「そうかよ」と言ってくれた。



演技って、あたし大好きだけど。


こうゆう時に使う演技は嫌いだよ。




ばいばい、と言ってその勢いであたしはセキュリティを解除し、エレベーターに乗り、最上階の部屋に着いたらロックを解除して部屋のなかに傾れ込んだ。



そして、大理石の玄関にぺたりと座り込む。



「この家じゃ…あたし、…独りぼっちなんだよ…っ」




さっき答えられなかったいちるへの返事は灯りがついていない部屋の闇に溶け込んだ。