永輝―――……。
「ちょっと、離し……」
かんなさんの手から灰皿がすべり落ちる。
灰皿がベランダの外に投げ出されていく。
あたしにはそれが、スローモーションのように目に映った。
――……お願い。
これ以上、あたしから何も取り上げないでよ。
永輝がいなくなった今、この灰皿くらいはいいでしょう?
いつも、永輝が使っていた灰皿。
もう、二度と使われることのない灰皿。
あたしの前から消えたりしないで―――。
あたしがやっとの思いで掴んだのは、粉々になった灰皿の小さな破片だった。
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