つまり彼自身分かっていたのである。


 あたしと別れて、新しい女に乗り換えるつもりであることを。


 実際、後で聞いて知った話なのだが、翔太は自分の病院に勤務している若い看護師を妊娠させてしまったらしい。


「こんな話しても時間が無駄だからね」


 翔太がそう言って、テーブル脇にピンで刺していた注文伝票を手に取り、レジへと向かった。


 あたしはその後ろ姿を見つめる羽目になる。


 喫茶店内には一昔前流行ったジャズが掛けてあって、あたしはそれを聴きながら、ゆっくりとコーヒーを啜った。


 不思議と心の中に葛藤らしい葛藤はない。


 あたしは軽妙なジャズを聴き続け、丸々一時間ほど店内でゆっくりする。


 翔太はそれから二度とキュロールに来なかった。


 お互いの恋愛にピリオドを打ったからだろう、彼はまるで蒸発したように店に来なくなり、固定客が一人減る。