「――奈々お嬢様」
突然話しかけられ、少し驚きつつ使用人を見上げる。
「お食事の用意が出来ました」
「ああ……ありがとう。兄様、夕食出来たみたいよ」
「あらら。コーヒー煎れちゃった。……まぁいいか」
「片付けておきます」
「ああ、悪いね。ありがとう」
兄様は使用人に微笑み、リビングとは別にある食卓へ向かった。
「お腹すいたなぁ」と言いながら歩く兄様の背中を見つめると、形容しがたい感情が湧きあがる。
自分の二の舞にはしまいと、私を自由にしてくれた兄様。知的で優しい自慢の兄。
……もし恋なんてものをするのだとしたら、兄様のような人がいい。
「奈々」
食事中、向かい合って座っている兄様が穏やかな口調で妹の名前を呼ぶ。
返事の代わりに視線をぶつければ、兄様はフォークとナイフを置いた。
「稽古、明日から全部行かなくていいからね」
微笑んでそう言う兄様に、胸が熱くなる。
……知っていたのね、なんて。
着替えておいでと、コーヒーを買ってきたと言われる前より先に、本当は兄様が家にいる時点で気付いていた。
「……でも」
「やりたくないだろう?」
「…………」
どこまでも優しい兄様。
こんな可愛げのない妹の為に、両親を敵に回すことないのに……。



