「お帰りなさいませ。奈々お嬢様」
「ただいま」
無駄に大きい家に着くと、女の使用人が2人玄関に出迎えてきた。
カバンを右にいる使用人に。マフラーとコートを左にいる使用人に手渡す。
「お食事になさいますか?」
「いらないわ」
食欲なんて出ない。
透の傷ついた顔が、頭から離れないんだもの。
「――食べなきゃダメだぞ、奈々」
別のことを考えていた頭に、懐かしい声が響く。
「兄様……めずらしいわね、家にいるなんて」
前を見ると、兄が階段から降りてくる途中だった。
「仕事がやっと片付いたからね。久々に家族と食卓を囲もうと思ったんだよ」
穏やかに笑う8つも歳の離れた兄は、普段家にいないことのほうが多い。
元より、この家には私と使用人しかいないようなものだけれど。
「家族じゃなくて私と、でしょう?」
「そうとも言うね。食事の支度してもらっていいかな」
「かしこまりました」
使用人2人にそう言って、兄様は風で乱れたのであろう私の髪を手で梳き、微笑んだ。
「着替えておいで。奈々が好きそうなコーヒーを買ってきたんだ」
コーヒー好きの妹にそう持ち掛けるときは、決まって何か話があるのだと知っている。
「……ええ」
返事をすると、兄様は聞きたくもないクラシックが流れるリビングへ向かった。



