おれが降り下ろした左手から離れた薄汚れた練習球は、左へ流れたと見せ掛けて、ベースの右端ギリギリを水平に滑り、健吾のミットに飛び込んだ。

「ストライク!」

健吾が叫んだ。

いつからだろうか。

何で、今の今まで気付かなかったのだろうか。

いつの間に、おれの心に翠が住み着いていたんだろう。

茜色に染まっていたグラウンドが薄暗くなり始め、部室の上にひと粒の星が輝いている。

一番星だ。

一番星の横には今にもすうっと消えてしまいそうな、太った三日月がおぼろげに浮かんでいた。

来週は春の甲子園選抜をかけて、県予選が控えてある。

ときおり突風の如く吹く西日が、少し冷たさを含んでいる事に気付かないふりをして、おれはボールを投げ続けた。