3階の奥から5番目の教室の窓から、朱色に染まったカーテンがひらひらとはためいているのが見えた。

下校して行く生徒が1人去り、2人去り、校舎は次第に静けさを取り戻し始めている。

今日も1日が終わる。

夕焼け空に浮かぶ雲は鰯雲で、手芸に使用するような綿にさえ見えた。

授業はもう無いのに、17時10分になると何故か意味も無く鳴り響くチャイム。

夕焼け空に吸い込まれる、深紅の縫い目の白球。

古びた金属バットの甲高い音。

白球を追い掛け続ける、部員達の気合いの入った掛け声。

校門の先に小さく見える、桜並木の切れっ端。

昨日のこの時間に、このブルペンの横の草の中に眠っていた、へんな女。

いつだって無理難題を押し付けて来て、理解不能なことばかりを口にして。

毎日、馬鹿みたいに元気丸出しで、悩み事なんてひとつも無さそうで。

今日だって、そうだ。

人の打席を横取りして、あげくに奇跡の一打を放ったりなんかして。

無職の高校生に30万円以上のカルティエを買えだなんて、けろっとした顔で言ってのけたり。

初めての会話でいきなり、甲子園に連れてけ、なんて言うし。

花菜が立ち去った後のブルペンで、おれは人気の無くなった校舎を何度も何度も振り返った。

あのへんな女のことだから、もしかしたら戻ってきて、また無理難題を押し付けて来るんじゃないか、と思ったからだ。

「響也! さっきから何よそ見してんだよ! ほら、次来い」

健吾は言い、青いキャッチャーミットをぱっくり開いて、おれに内角低めの直球を要求してきた。

おれは即座に首を振り、否定した。

「いや、スライダーだ」

相澤先輩が投じる、あの一球に一刻も早く近付きたい。

ぶあははは、と豪快に健吾が笑った。

「響也ってスライダー好きだよな! よーし、来い」

相澤先輩に影響されすぎだな、と健吾は言った。

おれは大きく振りかぶった。

健吾が構える青いミットのど真ん中を、射抜くように鋭く睨み付けて。

翠が、

と心臓と喉の中間地点で言ってから、

「ああ、好きだ」

と口にした。

翠が、好きだ。