「なっ、何を言うのかね! そんなわけないだろ! うしっ、ロードワーク大好きー! ヤッホー」

な、響也、と健吾は言い、おれに同意を求めてきた。

へらへらと笑いながら目を閉じたり開いたりしている。

健吾は基本的に負けず嫌いで、少しお調子者だ。

「おれ達、走るの大好きだもんなあ? そうだよな、響也」

「おう。走り込んでなんぼだろ」

おれも、基本的に負けず嫌いで、かなりのお調子者なのだ。

「よろしい! 分かったら、さっさとやる!」

ピイッ、と首にぶら下げた白いホイッスルを短命に吹き、花菜はキャプテンの河田(かわだ)先輩の元へと、一目散に駆けて行った。

おれが、あの子への淡い感情にはっきりと気付いたのは、まさしくこのグラウンドでの事だった。

しかも、あの敏腕マネージャーの花菜が確信させてくれた、と言っても過言ではない。

だから、おれは花菜に頭が上がらない。

はああ、と海底2000メートルほど深い溜息を吐き出したのは、背中を丸める健吾だった。

「響也……バッテリーは辛いよ」

「馬鹿か。寅さんじゃねえんだから。仕方ねえよ。バッテリーは体力勝負だって相澤先輩も言ってただろ」

そう言って、おれは再びブルペンにトンボ掛けを始めた。

「健吾、さくっと走り込んで、みっちり投球練習しようぜ」

「おう、だなっ」

グラウンド整備を終え、ウォーミングアップをした後、商売道具に触れたい気持ちを押し殺し、おれと健吾はロードワークに向かった。

「夏井、岩渕、さぼって歩くんじゃねえぞー」

「ちゃんと走れよ」

ブルペン横を通りかかった時、錆びたフェンスのすぐ向こうで、2年生のバッテリーが笑って声をかけてきた。

おれと健吾は同時に帽子を取り、同時に、うす、と返事をした。

「怪我するなよ」

現在のエース、本間淳平(ほんまじゅんぺい)先輩は気さくで面倒見が良く、頼りがいのある先輩だ。

おれよりも一回り体格が良く、背も高い。

サウスポーのおれとは正反対の右投げ。

長い腕を横に振りだしてボールを投げる投球法を用いる、サイドスローピッチャーだ。