FAKE‐LAKE



 最後の扉の前で、アンジェは立ち止まっていた。『博士』がいるこの部屋に入るのはすごく怖い。
『ちゃんと待っているからね』
 おじさんの優しい笑顔を思い出し、アンジェは冷たいほどに白いその扉を押し開けた。窓がなく、青白い電気の明かりが不気味な部屋の奥に博士はいる。
「遅かったな」
 不機嫌そうな博士はびくびくしながら近づく少年の腕を掴み、その小さな体を乱暴に診察台に引き上げた。
「今日の“治療”は時間がかかるからな。大人しくしていれば早く家に帰れるぞ」
 はい、と小さな声で返事をしたアンジェは逃げ出したい気持ちを必死で堪えた。僕の腕は病気だから、治さなきゃいけないんだっておじさんが言ってた。何の病気かはわからないけれど。
 カチ、と音がして、右手首を何かに固定された。思わず引っ込めようとすると、恐ろしい目で睨まれた。
「逃げるつもりか?」
 足首も固定された。左腕を服の袖から抜き、麻酔を打たれる。
 怖い。怖い。おじさんのところへ帰りたい。
「そんなに怖いのか」
 涙目になっているアンジェを見下ろし、博士はマスクの向こうで口角を上げた。
「怖いなら目隠しするか?」
 視界が暗くなる。恐怖はさらに大きくなる。
「あっ……」
 熱い痛みが左腕に走った。麻酔が完全に効いていないのにメスを入れられたからだ。
「早く家に帰りたいんだろう? 静かにしていないと帰れないぞ」
 痛みと恐怖で泣き出したアンジェの目隠しをはずして、博士は脅した。
『待っているからね』
 おじさんの笑顔を思い出し、アンジェは歯を食いしばる。おじさんに一生会えないなんて嫌だ。我慢しなきゃ……!

 博士は容赦なく“治療”を続けた。
 痛みと恐怖に堪えきれず、思わず上げた細い悲鳴――