FAKE‐LAKE

「はい、おしまい。今度は早く手当てしないと駄目よ。小さい傷だって馬鹿にできないんだからね」
 小さい子を諭す母親のようにリーナは言い、救急箱を戸棚にしまう。
「あ……ありがとう」
 アツキは巻かれた包帯を右手で触りながらぼそぼそと礼を言った。俯くと長い前髪に表情がすっかり隠れる。エイジア系の黒い髪。彼の故郷は遠い異国の地。
 ふと、リーナは昨日の事を思い出した。
『……助けてくれ……誰か……』
 呻くような声。あれは、どういう意味なんだろう?
 彼の心を知りたくて、そっと顔を覗き込む。伏し目がちな黒い瞳。切れ長の目。
 ああ、またあの瞳だ。リーナは心の中で呟いた。
 深い海の底にいるような寂しい瞳。時々アツキが見せる悲しい表情。そんな彼を見るたびに、ぎゅっと胸の奥が痛む。
 リーナはアツキの隣に戻り、一つ深呼吸した。
「アツキ、ちょっといい?」
「何?」
 どこか遠くを見ていたアツキの視線が彼女をとらえるより先に、リーナはアツキの首に腕を回し、彼をそっと抱き寄せた。
「……なっ」
 頬にふわりと髪が触れる。彼女が好きなジャスミンの香りと柔らかな温もりがアツキを包んだ。
「アツキね、時々ものすごく悲しい瞳(め)をするの」
 知ってた? と、問いかけるリーナの優しい声がすぐそばで聞こえ、アツキの鼓動がトク、と速くなる。
「独りで海の底に沈んでいるような。そんな瞳」
 ぎゅ、と腕の力を込めて彼女は続けた。
「……忘れないで。叔父さんも私も、アツキの味方だよ。何があっても」
 黙っているアツキの腕が、おずおずとリーナの華奢な背中にまわる。