FAKE‐LAKE

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「なぁ、セティ。腹減った」
 街はずれにある古い洋館の一室。
 だらし無く椅子にまたがった黒髪の青年は、目の前でコンピュータをひたすら操作している男性に甘えた声で訴えた。
 ちら、と薄茶色の瞳が画面から視線を上げる。呆れたような表情で腹ぺこの青年を一瞥し、無言のまま画面に目を戻した。
「なぁ、腹減ったよぅ」
 青年は哀れを誘うように感情を込めてリトライする。
 コンピュータの向こう、溜息をついた男性の前髪がはらりと落ち、栗色の髪が眼鏡にかかった。
「腹が減ったなら自分で冷蔵庫から食べ物盗ってこい」
「“盗って”こいってか」
 青年の苦笑も取り合わず、彼は淡々と言葉を続ける。
「何かおかしいか? お前は百戦百勝の泥棒なんだろ? それとも冷蔵庫にセキュリティかけないとやる気でないか?」
「……嫌みかよ」
 青年はほとんど黒に近い、濃い焦げ茶色の瞳で彼を睨んだ。不揃いな長い前髪に右目が半分位隠れている。
「たまにはセティの手料理が食いたいと思ったのに」
「俺はお前の奥さんじゃないぞ、アツキ」
 そう言って銀縁眼鏡の彼はコンピュータの電源を落とした。
 セティとは愛称で、フルネームはセトナ・ヴァイナス・ウェルズリーという。大抵の場合すぐに『あのウェルズリー家の』と返される程ロスタナでは一目置かれる名前だが、持ち主は自分の名前を毛嫌いしている。
「アツキ・シノナガ君。人に物を頼むときには、『セトナ様お願いします、ご飯を作ってください』と頭を下げるものだろう? それが俗に言う礼儀というものだぞ」
「出来るか、んな事!!」
 アツキは椅子から立ち上がり、大声で叫ぶ。
「もういい、好きなだけ冷蔵庫荒らしまくってやる」
「そうしろ」
 無表情で答え、セティは着信ランプが光った受話機に手をのばした。二番か、と小さく呟く。
「アツキのやる気を高めるために、今度最高級のセキュリティを冷蔵庫にかけといてやるな」
「いるか! そんなもん!」
 バタンと乱暴に扉が閉まった後、セティはゆっくりと通話ボタンを押した。
「はい……ああ、お待ちしておりました、フロスト博士」