FAKE‐LAKE

「じゃ、また来週来やすからね。何か入り用なものはないすか」
 つい、とスケッチブックから視線を上げてニールを見、アンジェは小さく首を横に振る。
 暗い。暗いよ、アンジェ。せめて『はい』か『いいえ』位言おうよ。
 ニールは心の中で呟く。
「……わっかりやした!じゃ、また来週!」
 いつもより三割増しの明るさで挨拶し、ニールは軽く手を上げてドアを開けた。
 扉が閉まる瞬間、耳に全神経を集中させる。
「……ありがとう」
 消え入りそうな、小さな声。
 パタン。扉が閉まる。
 ニールは空を仰ぎ、本日二つ目の溜息をついた。
 アンジェが唯一口を開くのは、いつも扉が閉まる瞬間だ。ありがとう、ただ一言。
「まあ……悪い子じゃないって事だよな」
 ニールはぶつぶつ一人で呟きながら、二、三歩離れてもう一度家を振り返った。
 病気で、しかも少年が何故?
 ニールは首を捻る。
 あんな病弱な少年が何故、こんな所に一人で住んでいるのか。
 一体何の病気なのか。
 家族はいないのか。
 食材や薬の運賃を払っているのは誰なのか。
 好奇心かはたまた老婆心か、ニールの頭の中にはアンジェに関する疑問が沢山渦巻いている。
 謎だらけの、大人しすぎる少年。
「ま、でも」
 空に広がるオレンジ色を黒い雲が覆いはじめたのに気付いたニールは、くるりと踵を返して坂を下り、街へ帰る道を急いだ。
「親方も、仕事だけこなしてそれ以外では関わるなって言ってたしな」
 本当は、あれこれ知りたいんだけど。まずは友達になるのが先決だよな。
“ありがとう”と呟くアンジェを思い出し、ニールは嬉しそうに口笛を吹きながら森を下りて行った。