FAKE‐LAKE


 ◇ ◇ ◇


「たっだいまぁ! あ、親方帰ってたんすか」
 ニールがアンジェの配達を終えて仕事場に戻ると、配達所の所長アルク・ダレルが珍しく机に向かい、帳簿らしき物を開いていた。
「あぁ、お帰りニール。今日は『坊ちゃん』の所かい?」
 『坊ちゃん』と言うのはアンジェの事だ。仕事場では、アンジェの名前も住んでいる場所も口にしてはいけない事になっている。
 理由は聞かされていないが、依頼主が内密にしてほしいらしく、ニールもアンジェ本人から聞くまで名前を知らなかった。
「そうっす! 坊ちゃん元気でしたよ」
 アンジェが珍しく笑った事や、寝癖がはねてた事、いつもより沢山話をした事を思い出してつい顔が緩む。
「そうか。それはなによりだ」
 アルクは穏やかに頷いた。微笑むと目尻が下がり、優しい顔がさらに優しく見える。
 口数は多くないが人当たりが良く、リーダーシップがありながらも従業員への気配りを忘れない。顧客からも従業員からも信頼が厚いアルクを、ニールは心から尊敬し憧れている。早くに父親を亡くしたニールにとって、彼は父親のような存在でもあるのだろう。
「すまないねニール。いつも重い荷物を持って山登りをさせて。あそこは徒歩でしか行けない場所だから大変だろう?」
 優しいねぎらいの言葉に、胸がじんと熱くなる。
「なーんて事ないすよ! おれ、体力だけは自信ありますから。それに、坊ちゃんとも仲良くなれそうだし」
 任せといてくださいと明るく笑うニールは、自分が最後に言った言葉を聞いてアルクの表情に一瞬だけ緊張が走った事を見抜けなかった。