FAKE‐LAKE

 研究室までの通路を一人で歩きながら、アンジェは昔の事を思い出していた。
 左手をかざせば開く扉。恐らくチップか何かが埋め込まれているのだろう。
 何枚かの扉を抜けて博士の場所へ行く恐怖。あの時信じていたおじさんの優しさは、自分を手なずけるために示された偽物の愛情だった事。
 怒りで表情が歪む。アンジェは心の中で呟いた。
 大人なんか、二度と信じない。


 最後の扉を開いた時、博士とレイの姿が少し先の方に見えた。
 アンジェが行かされていた処置室よりさらに奥にあるガラス張りの研究室。
 そこへ向かっている――いや、連れていかれているレイ。
 アンジェの頭に血が昇った。
 ひゅん、と何かが博士の肩を掠める。
「……レイを返せ」
 聞き慣れない低い声に博士が振り返ると、青白い顔をしたアンジェが立っていた。
 深い怒りを全身からたぎらせ、博士を凝視している。
「レイから手を離せ」
 博士は自分に向けて構えられているアンジェの左手を見つめた。やはりCORD-Aだったか、と小さく呟く。
「レイを返せ。でなきゃ撃つ」
 ぎらぎらと光る憎しみの篭った瞳。
 アンジェが本気だと認めた博士は、ゆっくりレイから手を離した。
「レイ」
 左手を博士に向けたまま、アンジェはレイに右手を伸ばす。
 しかし、レイは動こうとしなかった。アンジェが呼んでも不思議そうに首を傾げるだけ。
 薬のせいで記憶を失ったため、アンジェがわからないのだ。
「無駄だ。こいつはお前を覚えていない。かろうじて生きてはいるが人形と大差ない状態だ」
 何度もレイに呼び掛けるアンジェを博士は嘲笑った。レイは無表情でアンジェを見つめている。
 後ろ手に縛られた姿はまるで奴隷のよう。痣だらけの痩せた顔。赤く腫れた首。腕にまで及ぶ鞭の跡。表情をくるくる変える、以前の明るいレイとは打って変わった虚ろな瞳。生気を失った目が伸びた前髪の間から覗いていた。
 レイを『人形と大差ない状態』にした張本人は、薄い笑いを浮かべて二人を見ている。
 アンジェの目に殺意が浮かんだ。