「旦那さま、旦那さま」
「…………なんだ」

桜子の、花よりもなお芳しく鈴の音よりも一層軽やかな声に、私は毎度のことながら聴きいってしまう。

そのせいで返事が若干遅れることに、彼女は気付いているだろうか。



薫子の身代わりの少女。
薫子の血を分けた妹。

私が生まれて初めて恋をした薫子とは、正反対の桜子。

女性にしては気が強く、しっかりものの薫子と、高貴な人物のようにしとやかで、おっちょこちょいな桜子。

惹かれたのは姉妹の姉。
虜らえたのは姉妹の妹。


最初は、本当に代わりだった。妹と繋がれば、薫子に遇うことも増えようなどという、愚かな考え。



しかし。
いつからだろう。
忘れえぬ薫りよりも、声を殺して褥を濡らす花に、堪らない愛しさを感じるようになったのは。


桜子の、「旦那さま」と私を呼ぶ声が好きだ。
あまくやわらかな囁き。
「和樹」と名前を読んでくれることは稀で。

しかしそれさえも、愛しい。


桜子。
きみが何者にも手折られぬ、気高き花でいられるために、私は全霊を掛けてきみを守ろう。

だからいつか。
私の想いに気付いておくれ。
そのときこそ、私は薫子を想い出に変えるだろう。