夜半。
雪の降り積もる音で、少女は目覚めた。

ただびとには聞こえない、彼女にだけ判る、音。気配。
光を取り戻してなお、聴覚も触覚も鋭敏だ。

すべての音を取り込み、「無音」という音が世界を支配する。


安い宿である。
隙間から侵入した冷気が部屋の温度を恐ろしく下げていたが、彼女は構わず夜具から這い出た。

立て付けの悪い戸を不慣れな手つきで開けて、闇に目を凝らす。
聴覚でもって捉えたものを、視覚でも確かめたかった。

冷気に曝された細い肩は、雪と競うほどに白い。いっそ病的な白さは、彼女が汗と泥に塗れて働く類の身分ではないことを象徴しているかのようだった。

肌を刺す寒さを他人事のように受け止めながら、彼女は裸足のまま、新雪の上へ歩を進めようとした。
その細い身体が宙に浮く。

「寒いと思ったら」
「くまさん」

寝具の上に転がっていたはずの巨大なテディベアが、背後から彼女を捕まえていた。
脇の下に差し入れられた太い腕が動いて、痩躯をその肩へと担ぐ。

彼女は柔らかい毛皮に頬を擦り寄せ、大きな頭にしがみ付いた。

「くまさんでも寒いと思うことがあるんだな」
「そりゃあるだろ」

青年の声を発するテディベアは開かれた戸を閉め、少女を担いだまま、のしのしとベッドへ戻る。

彼女はすでに雪への興味など忘れ、テディベアに寝ろと言われて大人しく従うことにした。
いつだって、出会った瞬間から、彼女の第一は夫(相手は否定)のことなのだ。

「なにしてた」
「雪をな、見てみたかったのだ」
「そんなの明日にしろ。見えなかっただろうが。明日は雪の中を歩くから、覚悟しろよ。泣き言は聞かないからな」
「泣く前にくまさんがおぶってくれ」
「甘えるな。置いていくぞ」

突き放すようなことを言いながら、それでもいま、凍えないように肩を抱き寄せてくれる彼の優しさを知っているから、少女は微笑む。

「おやすみくまさん。今日も明日も愛してる」
「…………ばか」


宮にはもう戻らない。しかし、後悔はない。

進むばかりの旅路でも、彼さえいれば、それこそが彼女の望む、歩むべき道なのだから。