客間に向かいながら、お母さんが私に珍しく話を振ってきた。

以前は挨拶してそれで終わり、私のことなど視界から瞬時に消し去るのに。

困惑しながらも、私はそれに答える。


「はい。フィレンツェに行ってきました」

「そう。楽しかった?」

「……えぇ、すごく……」


――笑っている……。

私に向けられた、お母さんの笑顔を見るのは何年ぶりだろう。

今まで私は、お母さんのことを誤解していたのかもしれない。

微笑みながら優しく話しかけるお母さんに対して、私は今まで彼女を避けていたことを悔いた。


「四月から依子が月島に入社するけど、宜しく頼むよ」


客間でお茶を飲みながら、私は一時もくつろぐことが出来ず、緊張感に縛られる。