「――依子……」


玄関に続く廊下へのドアをゆっくり開けながら、聡は静かな声で言う。


「ドゥオーモの頂上に続く階段は、死にそうなくらい辛かったよ」


聡は独り言のように言ったあと、そのまま部屋を出て行った。

なぜ、こんな時に初めて、この部屋に私一人が留まることを許すのだろう。

いつもは一緒に部屋に出入りし、私が一人でここにいることを拒んだのに。


「―――っ……!」


聡が出て行ったことで、これまでの緊張感から一気に解放され、私はその場に膝から崩れ落ちた。

悲鳴にも似た泣き声が部屋中に響き渡る。


聡が言うように、私は簡単に落ちた女だ。

誠司と付き合いながらも、聡に魅かれていき、再会したその日に身体を委ねた。


そして、フィレンツェで出会う前から私に想いを寄せていたという聡の言葉に迷い、悩みながら、私は誠司に別れを告げた。


でもそこにあったのは、成り行きの、その場限りの気持ちなんかじゃない。

あまりにも突然で、早すぎた気持ちだったけれど。

私は確かに、聡を好きだった。求めていた……――。