先に振り返ったのは、呼ばれた私ではなく、香織と理恵子。
理恵子はきょとんとした顔で、その声の持ち主を見ている。
香織は一瞬、驚いた顔をしたけれど、しだいにその顔は緩み始めた。
「依子、聡くんじゃないの」
「えー? 聡ー? 誰よ?」
香織に促されてゆっくりと振り返ると、そこには、カフェの制服の上に黒いジャケットを羽織った聡の姿があった。
「……うそ……」
前日に聡と電話で話したとき、私は今日の一日のスケジュールを伝えた。
大学内の講堂で卒業式があって、そのあとは大学近くのホテルで謝恩会がある、と。
そのとき聡は、「俺は仕事だ」と苦笑しながら言っていた。


