その溺愛、予想外につき。

「でも、今は当たりだったでしょ」

「……何が」

「俺が話しかけたこと」

近い。
また近い。

廊下の白い光の中で、るかの茶色い髪がふわっと透けて見える。
目元はやわらかいのに、見つめられると逃げたくなるくらいまっすぐだ。

「ほら、さっきより顔こわばってない」

言われて、自分でも少しだけ驚く。
たしかに、さっきまでみたいな息苦しさは少し薄れていた。

るかと話していると、疲れる。
でも同時に、気が紛れるのも本当だった。

「……そうかも」

小さく認めると、るかは嬉しそうに笑った。

「じゃあ正解」

その笑顔がまぶしくて、私は思わず目を逸らす。

何なんだろう、この人。
勝手に距離を詰めてきて、勝手に心の中をかき回していく。

するとるかは、ふいに私の胸元を見た。

「リボン、曲がってる」

「え?」

反射的に視線を落とす。
衣装の装飾のひとつが、たしかに少し斜めになっていた。

直そうと手を伸ばすより先に、るかの指先がそこに触れる。

「じっとして」

低い声だった。

どくん、と胸が跳ねる。

るかはごく自然な手つきで、私の胸元のリボンを整える。
でも私は自然になんてしていられない。

近い。
顔も、手も、息も。
少し動いたらぶつかりそうなくらい。

「……はい、できた」

るかが顔を上げる。
その瞬間、思っていたよりずっと近くにるかの目があって、私は息を止めた。

るかも一瞬、動きを止める。

目が合う。
数秒だけ。
本当にそれだけのはずなのに、やたら長く感じた。

「……近い」

かすれた声でそう言うと、るかは少し遅れて笑った。

「今さら?」

「今さらでも近い」

「ふふ」

楽しそうに笑われて、また悔しくなる。

でも、るかはそのまま離れずに小さな声で言った。

「ねえ、涼」

その呼び方に、胸の奥がきゅっとする。

今の私は涼。
そう呼ばれなければいけないのに、るかにそう呼ばれると、逆に秘密を突きつけられるみたいで落ち着かない。

「なに」

「無理して倒れたりしないでね」

思いがけない言葉だった。

軽くて、ふざけた人だと思ってた。
でもその声は、ちゃんと心配しているみたいに聞こえる。

私は少しだけ目を見開く。

「……心配してるの」

「してるよ」

さらっと返されて、胸が熱くなる。

「だって君、頑張りすぎそうだし」

言いながら、るかはまた少し笑った。
いつもの軽い笑顔。
でも、その奥のやさしさまで見えてしまった気がした。

私は何を返せばいいのかわからなくなる。
こういう時、涼ならどうするんだろう。
兄なら、こんなふうに真っ直ぐ心配されたら。

結局、私にできたのは小さくうなずくことだけだった。

「……気をつける」

それでもるかは、満足そうに目を細めた。

「うん。それでいい」

その時、遠くから真白さんの声が飛んできた。

「涼、戻ってきて」

はっとして、私はるかから少し距離を取る。
夢から覚めるみたいに、一気に現実に引き戻された。

「あ、うん。今行く」

返事をしてから、またしまったと思う。
今の、素だった。
でも真白さんには聞こえていなかったらしい。

るかはくすっと笑って、道を空けた。

「いってらっしゃい、新しい涼くん」

その言い方がやさしくて、少しだけずるい。

私はるかの横を通り過ぎる。
すれ違う瞬間、また心臓が変な音を立てた。

たった数分。
それだけなのに、胸の奥がこんなに騒がしくなるなんて。

私は自分の衣装の胸元にそっと触れた。
さっきるかが直してくれたリボンは、ちゃんとまっすぐ整っている。

なのに私の気持ちだけ、全然まっすぐになってくれなかった。