その花が咲く頃に

 食事の後、部屋を出ようとした時、ご主人様に引き止められた。

「おい」
「はい?」
「日中暇だろう?」
「え、ええ。何もする事がないのは…」
「私はお前の食事を気に入った。手伝いという名目であれば家事に干渉するのを許そう」
「本当ですか…!」
「ああ。だが、炊事を主にな」
「かしこまりました」

 直接許しが出た。これは白幸さんも断れまい。

「あと…」
「え?」

 ご主人様は少し屈んで、私の耳元でぼそりと隠し事をするように話し出した。

「白幸のいない日がある」
「そう、なのですか?」
「声を落とせ」
「は、はい…」
「その日、食事の用意や洗濯も全てお前がやれ」
「もちろんですが…何かあるのですか?」
「ああ。見ていてわかったであろう。この家の主食は主に魚だ」
「確かに…言われてみれば…」
「白幸のいない日、魚ではなく肉にしろ」
「え? よろしいのですか?」
「白幸が出ていった後に私が用意しよう。くれぐれも漏らさないように。良いな」
「わかりました。お任せください」

 魚が苦手なのかな?
 確かに見たところ魚の食べ方が少し乱雑に見える。
 白幸さんのと比べると一目瞭然だ。

「魚がお嫌いですか?」
「まあな」
「そうだったのですか」
「白幸とは長い付き合いだが、大昔にぶつかった事があったのだ。その後から食事が魚だけになった」
「今だに?」
「そうだ」
「白幸さん…」
「ともかく、頼んだぞ」
「はい」

 初めて仕事をもらえた。
 ここにきてから初めての仕事。絶対成功させなくてはいけませんね。

「お嬢様、片付けを手伝ってくださいませんか?」
「はい」
「旦那様とは何を?」
「手伝いという名目であれば、家事に手を出しても構わないと」
「全く…。余計なことを」
「そう、ですよね」
「その手の傷も、痩せ細った体も、全てを普通に正せとおっしゃったのは旦那様でしょうに。なぜ…」
「白幸さん?」
「お嬢様の優しさに漬け込むような真似を…。けれどこうなっては断れません。お嬢様」
「は、はい」
「ご無理はなさらぬよう、くれぐれもお願いしますよ」
「大丈夫です。無理をしてもしなくても、死ぬ時は同じですから」

 驚いた顔をされた。
 当たり前のことを口にしたつもりだったが、違うのだろうか。

「死ぬって貴女…」

 白幸さんの言葉を遮るかのように、ぽんと音を立てて灯里ちゃんが現れた。
 一緒に彼も来ている。

「やっほー!」
「灯里…。それに坊ちゃんも」
「なんの話?」
「死ぬ時は同じだと話したら驚かれてしまって…。私、何かおかしなことを言いましたか?」
「平気で死を言葉にする人間は初めて見たので」
「それってもしかして、この前言ってた長くても数年しかここにはいないからってやつに関係してるのかな?」
「覚えてたのですね」
「どういう意味でしょうか」
「おい、出て行くつもりか」
「いいえ。出ていったところで居場所などありませんし、許される限りいるつもりですよ」
「ではなぜ」

 寿命のこと。私のこと。
 いつか話さないといけない。
 ご主人様にも話しておかなければならない。けれど、今ではない気がした。

「余所者が居なくなるのはいいことなのではないですか? 私のような醜女、ご主人様には相応しくありませんし。家族のように強い縁を持ったあなたたちの輪の中に、私は要りません。そう思いませんか?」
「お嬢様…」
「僕の言ったこと気にしてる?」
「お前は何を言ったんだ。確かに同じ屋根の下で暮らしてはいるが、我はそんな生やさしいものに入った覚えはないぞ」
「坊ちゃんまで」
「いい証拠に、我には名前がないだろう。名無しの妖はいつまで経っても強くなれん。薫は、我に名は必要ないと言っていたしな」
「私だって名前はないですよ。そもそも動物以下の扱いでしたから」
「話が違わないか?」
「そうでしょうか」
「ああ」

 この子も、名前がない。
 きっと欲しくてたまらないのだろう。私と違って。
 経緯は知らないし、詳しいことも知らない。なのに、謎の親近感を覚えた。