終わった恋の、その後で。 〜プレイボーイな曲者御曹司は私にだけ奥手らしい〜

そんなお呼びでない男――伊佐美とは二年前まで仕事だけでなくプライベートでもよく食事を共にしていた。

きっかけは零士に他人のふりをされて落ち込んでいた日、気遣って昼食に誘ってくれたことだ。

理央が独り立ちしてからは休憩時間が重なることがあまりなかったが、わざわざ時間を合わせてくれたらしい。

しかも伊佐美は前日に出張から帰ってきたばかり。あまり落ち着いて話す時間などなかったはずなのに、気落ちしていることが見抜かれていた。

「なんかあるの?設計のあの子と」

蕎麦屋に連れ出され、昼時の喧噪から逃れるような一番奥の角の席で伊佐美は唐突に訊ねてきた。

大好物の茶蕎麦を啜っていた理央だったが、いきなり脈絡なく問いかけられたので、盛大に咽てしまったことはよく覚えている。

”あの子”と曖昧に示したので言いたくなければ濁すことも出来たのだろうが、しかし相手は兄貴分のような存在。

彼の前では警戒心など容易く解けてしまい、理央は掻い摘んで心の内のモヤモヤを吐露していた。

高校時代に三ヵ月だけ付き合っていたこと。

初恋を未だに引きずっていること。

そんな相手に初対面のフリをされ、業務外では無視されていること。

怒りと落胆で萎れてしまった理央の心も、本命を作らない遊び上手な伊佐美ならば独特の価値観で軽くいなしてくれるだろう。

そんな期待を抱いて白状したつもりだった。

しかし彼の口からは、意外な言葉が転がった。

「じゃあ、一緒だ」

伊佐美は注文した天ざる蕎麦を啜りながら理央の話をひとしきり聞き終えると、最後まで大事に残していたであろう海老天を大きな口で咀嚼してからそう言ったのだ。

「……一緒?」

一体、何が、一緒だというのか。

思わず口に出して反芻していた。

「そう。片想い同士」

さらりと告げられた“片想い”という言葉も、伊佐美が発するとまるで異国の言語に聞こえる。

無意識に箸が止まり、珍獣を見るような顔で凝視していれば鼻筋の通った伊佐美の顔が上がり、双眸を崩してフッと笑われた。

「なに固まってんの。誰か気にならない?」

「え……聞いたら教えてくれるんですか?」

「いーや。内緒」

「なんですかそれ」

茶化すわけでなく平然とした感じで明かしてきたことに、興味と疑い半分で眇めた視線を返す。

引く手数多の色男が片想いだなんて。本命と決めて迫れば落ちない相手など居ないだろうに。

――遊び過ぎて恋の手順が分からないのだろうか。

零士が転職してきたばかりの頃なので、二歳年上の伊佐美は当時、二十六歳。

二歳しか変わらないはずの彼には既に成熟した大人の余裕があって、恋愛に困っているようなイメージはまるでなかった。

「伊佐美さんでも片想いとかするんですね。スマートに口説いてささっと手中に収めてそうですけど。意外と本命には奥手なタイプですか?」

「まぁね。見向きもされない対象外って具合かなー」

そう言うが、どこか他人事のように愉しげだった。

本当に片想いをしているのかは怪しい。

しかしありがたいことに理央の沈んでいた感情は、本命を作らないはずだった男の恋バナのおかげで、いつの間にかどこかへ吹き飛んでいた。