終わった恋の、その後で。 〜プレイボーイな曲者御曹司は私にだけ奥手らしい〜

『幸せ』という言葉には、いつだって父の影がついてまわる。

家族を鑑みなかったあの男の血が自分にも流れていて、傷つきながらも耐え忍んでいた母が脳裏に過ぎるのだ。

まともに自分の感情と向き合ってこなかった代償に、伊佐美は完全に及び腰だった。

相手は安易に触れてはならない花。

失敗して、棘の刺さった指で彼女の気持ちを踏みにじったらどうすればいい?

気のおけない相手から、邪な目で見られていたと知られれば、プライドを傷付けるかもしれないのだ。

そして前途多難な恋はどん詰まりを迎えた。

「零士はスパダリじゃなくても好きなんです」

彼女には初恋の未練があって、その彼と再会したらしい。

設計部門にいる、寡黙でやや天然な理系の男だ。

なににせよ、情報収集はしていて損はないと気持ちを改め、伊佐美は「片想い」を餌に、理央を連れ出すようになった。

どん詰まりで、踏み込めないからこそ、小さな共通点で繋ぎとめておく。

その頃には祖父が会長に退くという話が出ていたので、水面下で叔父への支持を打診していた。

腰を据えて話してみれば、叔父は端的に言うと良識のある人間で、改革者だった。

同族経営という将来の保証に胡坐をかいて実績を伴わない父とは違い努力家で、大きくなり過ぎた会社を同族だけで経営し続けることの違和感を抱いていた。

意外なところに信用できる人間が居たのは心強く、伊佐美は役員達とのコネクションを伸ばしていった。

『ざまあみろって笑ってそうですし。そっちの方が爽快で格好いいです』

悲願が目前に迫ると心臓がざわついたが、理央のあの何気ない言葉が後押しになっていた。

恋に進展はないが、ちゃんと自分の人生は進んでいた。