終わった恋の、その後で。 〜プレイボーイな曲者御曹司は私にだけ奥手らしい〜

「ありがとうございました。嘘までついていただいて」

絶対に届かないガラスの向こう側の存在に、理央は軽く会釈した。

「いや、それは全然……――」

「私、失礼しますね。久しぶりに伊佐美さんのお元気そうな顔が見れて良かったです」

努めて明るく言った。

伊佐美に触れられた部分が未だにじくじくと熱を持っていたが、未練がましく会話のチャンスを掴もうと躍起になるのは無駄な努力だと零士で経験済みだ。

理央は毅然と礼を述べると、足早に立ち去ることに決めた。

ちょうど履き慣れない高めのヒールに、心も脚も疲れてきたところだ。

しかし踵を返してタクシー乗り場を探そうと視線を彷徨わせていると、後ろから穏やかな声音が響く。

「佐山」

「……はい?」

「さっきの彼、なかなかウザそうだったけど大丈夫?困ってることないか?」

ロビーの時とはまるで違う伊佐美の物言いに、理央は思わず足が止まった。

「お前、殴りそうな顔してたろ。まぁ流石にあそこで手は出さないだろうけど、相当キレてたんじゃない?話が通じないヤツ嫌いだもんな」

瞳を瞬いていれば歩み寄る伊佐美の影が落ちて、振り返ると大きな口が緩やかに持ち上がる。

「聞いてる?」

「えぇ、…………」

――もしかして、私の勘違い?

空白の二年で自分たちの距離感はリセットされたのかと思った。

しかし今の伊佐美はちゃんと”あの頃”と同じ空気を纏っていた。

ほっとすると、現金なことにつま先は自ずと伊佐美へ向く。

「恨みつらみがあったんで……物陰に連れ込もうと思い始めてました。や、実際しませんけど脳内で」

本当は本気で考え始めていたことを猫を被って説明すると、伊佐美は「やっぱキレてたんだなぁ」と愉しげに笑った。

「まぁでも……結婚式って変な高揚感あるから、あぁいうのが湧くんだろう。なぁ、佐山。お前このあと時間ある?」

「ありますけど……――」

さり気なく誘われたものの、理央はふと伊佐美の野性味のある顔をじっと見つめた。

それから神妙な面持ちで目を細める。

「その前に、私に言う事ないですか?」

つい先ほどまで感傷に浸っていたものの、伊佐美と次に会った時にはひとこと物申すもりだったのを思い出したのだ。

対する伊佐美は訳が分からないといった面持ちで片眉を上げ、精悍な顔を歪める。

「伊佐美さんがうちの親会社の御曹司って、聞いてなかったんですけど」