終わった恋の、その後で。 〜プレイボーイな曲者御曹司は私にだけ奥手らしい〜

理央が目を丸くしていると、徹に対し伊佐美は訊ねる。

「彼女、俺のツレなんだけど……まだ用事がある感じ?」

間近で見ると、相変わらず迫力のある胸板の厚みだ。

今日みたいなスリーピースのブラックスーツが多く並ぶ場では、伊佐美のような頭一つ抜けた身長は一段と目立つ。

片やスレンダーで小柄な徹は、数段上から見下ろしてくる伊佐美に本能的な何かを感じ取ったようで、たじろいで掴んでいた理央の手を慌ててぱっと離した。

「あ……いや、僕ら同級生で。ちょっと話してただけですよ」

「へぇ……なら、まぁ、いいけど」

胡乱な眼差しを向ける伊佐美の眼力の強さに徹はひくと肩を震わせた。

まるで猛獣を目の前にした狐のようだった。

それから伊佐美はひとしきり頭からつま先まで徹を眺めると、眦を下げて柔らかな笑みを浮かべた。

かと思えば耳を疑うような言葉が落ちてくる。

「彼女は俺のだから、口説くのは駄目だよ」

そう言って爽やかに徹の肩を叩き、唖然とする彼をそのまま放置しては掠め取るように慣れた手つきで理央の腰に腕を回すと手際よく外へと誘導してゆく。

”俺の”などと言われた直後、理央も徹と同様に唖然として、促されるままに歩き、気付けばエントランスを抜けていた。

悪い意味で、まさか自分相手にそんな台詞を言うとは思わなかったのだ。

徹に対して牽制をかけるような言葉はまるで外面用のプレイボーイな言動そのもの。

――会社を辞めたら、後輩じゃなくなったら、もう他人の距離なんだ。

理央の知ってる伊佐美は、そうじゃない。

以前、クライアントにしつこく連絡先を聞かれているのを見つけられた時だって茶化してきた。

『あ~、こいつは止めた方がいいですよ。お上品そうに見えて気性が荒いし、ほら、もうピリついてる』と、変に恰好つけた庇い方なんてせず、緊張した気まずい空気すら伊佐美独特のペースに変えてしまう。

そういう空気感が好きだったし、自分は彼の内側に入れてもらえていると勝手に自負していた。

だからこそ『彼女は俺の』なんてロマンス小説のような言葉に「あれ?」と動揺させられたのだ。

――もしかして私、降格した?

零士以降の恋愛では、アプローチされた何人かと試しに付き合ってみたものの『親友みたい』と呪いのごとく同じ言葉で振られた理央だったが、この時ばかりは『親友みたい』な気心知れた距離の方がまだ良かったと心が窄んでゆく。

二年も音信不通な時点で他人なのだとは思っていたが、しかし今日のこれは駄目押しのようで現実を直視するのがなかなかキツい。

それに、腰に回されていた伊佐美の手は、もう完全に離れている。

胸の奥は激しくざわめいて、どのようにして人の流れに混ざって歩いていたかもあやふやだった。

外は夕暮れ。
再び会えたことが嬉しいような悲しいような、日が沈みかけて青と赤が混ざったような薄紫色の空は、まるで理央の心を映しているようだった。