放課後の社会科室。あの日の補習以来、私の世界は少しだけ色づいていた。
これまで「どうせ赤点だし」と白紙で埋めていたテストのヤマ勘を、まじめにテキストを開いて埋めるようになる。教科書の隅っこにあるコラムさえ、なんだか愛おしく思えてくるから不思議だ。
すべては、次のテストで伊織先生を驚かせたい、そして――もっと近くで話したいという、我ながら単純すぎる動機からだった。
「内山さん、最近授業中の姿勢、すごくいいよね。予習もしっかりしてきてるみたいだし」
ある日の授業後、ノートを回収していた伊織先生が、ふっと私を見て微笑んだ。
たったそれだけの言葉で、胸の奥が花火が打ち上がったみたいに熱くなる。
(見ていてくれたんだ……!)
先生の「特別」になりたい。その一心で、私はこれまでの人生で一番と言っていいほど、中間テストに向けて勉強に没頭した。
そして迎えた、中間テストの返却日。
「……うそっ!」
配られた社会科の答案用紙を見て、私は自分の目を疑った。
いつもは一桁か、よくて十五点とかだった赤点常連の私が――そこには赤字で、堂々と【87点】と書かれていたからだ。
「え、内山、マジ!? 内山が87ってすごくない!?」
隣の席の友達が自分のことのように驚いて声を上げてくれる。
胸がバクバクと騒ぎ出す。
私はやったんだ。先生に見てもらえるだけの点数を、自分の力で掴み取ったんだ!
いてもたってもいられず、私は答案用紙を胸に抱えて、職員室へと走った。
ちょうど廊下に出てきた伊織先生を見つけて、息を切らしながら駆け寄る。
「せんせい……! 見てください、中間テスト、87点とれました……!」
我ながら少し潤んだような、嬉しさが隠しきれない声だったと思う。先生ならきっと、「よく頑張ったね」って頭をなでてくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、私は先生の顔を見上げた。
だけど――。
「……すごいじゃないか! 頑張ったな、内山さん!」
伊織先生は目を丸くして驚いたあと、とびきりの笑顔を咲かせた。
……だけど、その直後。
「あ、ちょうどよかった。美里ちゃーん、今回のテストの件なんだけどさ――」
先生の視線が、私の後ろを通り過ぎた。
振り返るとそこには、学年トップの美里ちゃんが立っていた。今回の社会科の最高得点、92点をとった誇らしげな笑顔の美里ちゃんに、伊織先生は嬉しそうな顔でスタスタと歩み寄っていく。
「美里ちゃん、ここさ、さすがの着眼点だったよね。ちょっと教えてよ」
「ふふっ、先生、そこはですね……」
楽しそうに盛り上がる、伊織先生と美里ちゃん。
二人並ぶ姿は、なんだかすごくお似合いで、絵画のなかのワンシーンみたいに眩しかった。
私はその場に立ち尽くしたまま、きゅっと答案用紙を握りしめた。
87点だって、私にとっては奇跡みたいな点数だったのに。
最高得点じゃないと、先生の隣で笑い合うことはできないの……?
胸の奥に広がっていたはずの温かい熱が、少しだけ冷たい嫉妬の色に染まっていく。
――私だって、次こそは絶対に、先生を独り占めするんだから。
これまで「どうせ赤点だし」と白紙で埋めていたテストのヤマ勘を、まじめにテキストを開いて埋めるようになる。教科書の隅っこにあるコラムさえ、なんだか愛おしく思えてくるから不思議だ。
すべては、次のテストで伊織先生を驚かせたい、そして――もっと近くで話したいという、我ながら単純すぎる動機からだった。
「内山さん、最近授業中の姿勢、すごくいいよね。予習もしっかりしてきてるみたいだし」
ある日の授業後、ノートを回収していた伊織先生が、ふっと私を見て微笑んだ。
たったそれだけの言葉で、胸の奥が花火が打ち上がったみたいに熱くなる。
(見ていてくれたんだ……!)
先生の「特別」になりたい。その一心で、私はこれまでの人生で一番と言っていいほど、中間テストに向けて勉強に没頭した。
そして迎えた、中間テストの返却日。
「……うそっ!」
配られた社会科の答案用紙を見て、私は自分の目を疑った。
いつもは一桁か、よくて十五点とかだった赤点常連の私が――そこには赤字で、堂々と【87点】と書かれていたからだ。
「え、内山、マジ!? 内山が87ってすごくない!?」
隣の席の友達が自分のことのように驚いて声を上げてくれる。
胸がバクバクと騒ぎ出す。
私はやったんだ。先生に見てもらえるだけの点数を、自分の力で掴み取ったんだ!
いてもたってもいられず、私は答案用紙を胸に抱えて、職員室へと走った。
ちょうど廊下に出てきた伊織先生を見つけて、息を切らしながら駆け寄る。
「せんせい……! 見てください、中間テスト、87点とれました……!」
我ながら少し潤んだような、嬉しさが隠しきれない声だったと思う。先生ならきっと、「よく頑張ったね」って頭をなでてくれるかもしれない。そんな淡い期待を胸に、私は先生の顔を見上げた。
だけど――。
「……すごいじゃないか! 頑張ったな、内山さん!」
伊織先生は目を丸くして驚いたあと、とびきりの笑顔を咲かせた。
……だけど、その直後。
「あ、ちょうどよかった。美里ちゃーん、今回のテストの件なんだけどさ――」
先生の視線が、私の後ろを通り過ぎた。
振り返るとそこには、学年トップの美里ちゃんが立っていた。今回の社会科の最高得点、92点をとった誇らしげな笑顔の美里ちゃんに、伊織先生は嬉しそうな顔でスタスタと歩み寄っていく。
「美里ちゃん、ここさ、さすがの着眼点だったよね。ちょっと教えてよ」
「ふふっ、先生、そこはですね……」
楽しそうに盛り上がる、伊織先生と美里ちゃん。
二人並ぶ姿は、なんだかすごくお似合いで、絵画のなかのワンシーンみたいに眩しかった。
私はその場に立ち尽くしたまま、きゅっと答案用紙を握りしめた。
87点だって、私にとっては奇跡みたいな点数だったのに。
最高得点じゃないと、先生の隣で笑い合うことはできないの……?
胸の奥に広がっていたはずの温かい熱が、少しだけ冷たい嫉妬の色に染まっていく。
――私だって、次こそは絶対に、先生を独り占めするんだから。



