占い師ミラと予言カード

 黒猫に会った日から三日間。
 ミラは、高熱を出して学校を休んだ。
 特待生なので這ってでも学校に行かなければと廊下を匍匐前進していると父・透に見つかった。
 ボケている透もさすがに「学校を休みなさい!」とぷんぷんしていた。

 黒猫と名乗る人物に会った後、朝日、常田、ミラの三人は無言で帰路についた。
 それぞれがなんて言葉をかけるべきか考えて、結局何も話せなかったのだ。

 土日も挟まってミラは今日、久しぶりに学校に来た。
 放課後、図書室で担任からもらった遅れた分の授業のプリントをやっていると、朝日と常田がやってきた。

「黒瀬さん、大丈夫なん?」
「完治したのか?」

 二人はそういって心配そうにミラを見た。
 不良には、やはり義理と人情はあるらしい。

「ああ。うん。心配かけてごめん」

 二人とは会話は多くなかったものの、あの黒猫との対面をともにした仲間として、距離が近づいているような気がした。
 ミラだけでなく、朝日も常田もそう思っているようだった。

「それ、授業のプリント? ノート貸そうか? 休んでた時の分、抜けとるやろ?」
「朝日の字は汚いから、俺の使う?」

 ミラは不良なのに二人とも真面目にノートを取っていることに驚いたが、Sクラスの特待生を維持しなければならない自分にとってはありがたいと思った。

「え? いいの。助かる」
「もちろんやよ。って、カイ。ひっそり俺の字ディスるのやめてくれん?」
「本当のことだろ」
「おい〜!」

 二人は戯れあっているが、本当は黒猫の仮面男のことを話したいのだろうとミラは察していた。
 ミラも学校に復帰したら、二人とは話さなければならないと思っていたし、ちょうどよかった。

「もう少しでプリントが終わるから。そしたら、教室で話そう。ここは図書室だし」
「え? 黒瀬さん?」
「黒猫のことだよ」
「あ、ああ。ごめん、俺ら、黒瀬さんと話すの待ちきれんくて。嫌な気持ちしたやろ?」
「嫌な気持ち? そんなの一ミリもないよ」
「ははは、黒瀬さん、まっすぐやね」

 そういって、朝日はミラを気遣いながら笑う。
 ミラは、朝日が父・透のように透き通った人だと感じた。
 容姿はチャラいが朝陽は根っからの真面目な人だ。
 自分は無愛想で根暗だし、自分とは真逆の人だな。
 ミラがさささっとプリントを仕上げて席を立つ。
 朝日は「本調子じゃなかったら、明日以降でもええんよ」と再びフォローを入れてくれたが、ミラは「ううん、今日にしよう」とはっきり伝えた。

◇◆◇

 ミラ、朝日、常田の三人は、とぼとぼと廊下を歩く。
 向かっているのは1年1組。
 三人の教室だ。
 消えた黒猫の仮面男、そして、手渡されたカード。
 謎めいた出来事を目の当たりにしてから数日。
 三人はそれぞれの頭で整理していた。
 なんてったって、三人は特進クラスの面々である。
 頭は賢い方だ。

「黒猫の仮面男は、何者なんだろうってずっと考えたんよ。でも、今も……答えが見つからん」

 朝日は、まだあの男を受け入れられていない様子だった。
 明るくて陽気な彼が、神妙な顔を浮かべる。
 常田は実際に黒猫の仮面男を目の前にしたときは目を見ら開いていたが、今は表情を変えずに黙っている。

「「「…………」」」

 一時、沈黙が流れる。
 教室に向かいながら、ミラは夢のことを二人に話そうと思った。
 いつもの自分だったら、他人にこんなことは話さないが、状況が状況だ。
 自分の話をするのはあまり得意ではないが、あの時手渡されたカードをスクールバックから取り出し、言葉を紡ぐ。

「……私、夢であの部屋ーー資料室によく行くんだ」
「え? 夢で? 行ったことがあるん?」
「うん」
「じゃあ、あの黒猫も……夢の中に?」
「ううん。仮面の男は、あの日初めて会った」
「そうなんや……」
「でも、あいつを映していたあの鏡は……夢にも出てきて……」

 ミラは、手に持つカードに視線を落としながら質問に答えた。
 すると、常田が「……そのカードは?」と、ミラの手からカードをヒュッと一枚引く。

「え……」
「おい! カイ! 勝手に取ったら、黒瀬さんが困るやろ」
「ううん、大丈夫」
「……で、カードは? 夢に出てきたか?」
「カードを見たのも初めて」
「カードと黒猫の仮面男は、初めましてってことか」
「あ、でもあの日の朝……枕元に……」
「枕元に?」
「あの日も資料室の夢を見たんだ。起きたとき……たしか、枕元に見たことがないカードがあった。同じようなデザインだったと思う」

 カードの裏面は共通していて、黒と紫で幾何学模様にデザインされている。
 表面には、それぞれ違った絵柄が描かれているようだ。
 占い師が使うようなカードのデザインは、中学生の自分たちにはあまり馴染みがない。

ーーガラガラガラガラ。

 教室に戻ると、クラスメイトが一人。
 ポツンと窓の外を眺めている。

「中島さん?」

 朝日が声をかけると、その女子はくるりとこちらを向いた。

「……あ。黒瀬さん」

 ミラは、朝日でもなく常田でもなく、自分に用があるらしい。
 そのことに少々驚いたが「……はい」とクラスメイトの中島の呼びかけにミラは、反応する。

「黒瀬さんにお願いがあって残っていたの。話を聞いてくれない?」
「私?」
「うん、突然ごめんね。黒瀬さん、黒魔術に詳しいって聞いて……」

 黒魔術に詳しい……?
 ミラはそんな噂が既に学校内で流れていることに驚いた。
 同じ小学校からこの学園にきた人は数人いるが、みんな普通科クラスだったはずだ。
 特進クラスに同じ小学校出身の人はいない。

「黒魔術? そうなん? 黒瀬さん」

 朝日がこれまた驚いてミラの肩に手を置いた。
 ドキンとミラの心臓が跳びはねる。

「詳しいというか……嗜む程度で……」
「嗜むってどういうことだよ」

 常田がすかさずツッコんだが、ミラにとってはその表現がベストだった。
 自分は黒魔術を使えるわけではない。
 ただ知識があって、それを実践してみたことがあるだけだ。
 何も使えたことはないけれど。

「黒瀬さん、入学式で生徒代表の挨拶をしていたでしょ? 小柄で黒髪の色白美人って普通科クラスで噂になったらしいの」
「……噂?」
「そう。それでね。幼稚舎からこの学園に通っている普通科クラスの友達に、先週『黒瀬さんと同じクラスなの?』って話しかけられて。『あの美少女は学年一頭がいいだけじゃなくて、黒魔術が使える』って」
「なんだそれ、お前そんな噂を信じたのかよ」

 常田は少し怒った声で中島に言い放った。
 おそらくミラの気持ちを考えると、変な噂を立てている輩がいることを不快に感じたのだろう。

「常田くん。私は大丈夫だから。ありがとう」

 ミラは感謝しつつ、そう言って常田を制した。
 黒魔術が使えるなんてデマを流されるのは不服だ。
 だが、自分のこの容姿がそうさせている理由の一つでもあるのだろうし、ミラにも少しばかりは原因があるのだと理解したのだ。

「まあまあ、カイ。黒瀬さんもこう言ってるし。それに中島さんにも事情があるんやろ」
「黒瀬さん、ごめんなさい。私は嫌味で言ったつもりはなくて……その、物珍しいというか……不快にさせたのなら申し訳ないことをしたわ」

 中島は本当に申し訳なさそうに両手を顔の前で合わせた。

「ううん。大丈夫だよ。美少女でも黒魔術師でもなくて申し訳ないけど」
「え? 黒瀬さんは美少女やで」
「……?」

 朝日がさらっとミラのことを褒めるので、ミラはたじろいだ。
 だが、クラスの1、2を争うイケメンなのだから、これくらいの女子へのサービスは日常茶飯事なのだろうとすぐに理解した。
 そんなことをさらっと言ってから朝日は中島に問いかける。

「中島さん、俺らも話聞いて大丈夫? 嫌やないなら、お願い聞かせてや!」
「え? あ、うん。朝日くんと常田くんなら……」

 朝日は四人が向かい合って座れるように、教室の机を動かし始めた。
 中島もそれに加わり、せっせと椅子を移動させる。

「これがええわ! よし。みんな座り!」
「…………」

 ミラも常田も無言で着席する。
 中島は神妙な面持ちで口を開いた。

「あのね。実はロッカーに入れておいたはずのモノがなくなってしまって……」
「ロッカーから持ちモノが盗まれたん?」
「その、大したものじゃないの。いや、大したもの? ではあるかもしれないのだけど……」
「どっちだよ」

 常田の反応にミラもまったく同じことを思ったが、朝日が「そんな言い方したらあかん」とフォローしてその場を収める。

「で、お願いって?」

 ミラが本題に入ると、中島は姿勢を正して椅子に座り直した。

「黒瀬さん、黒魔術に詳しいって聞いたから、モノを探せたりしないかなって」
「中島さんの気持ち、わかるわ。きっと大事なモノなんやな。でも、黒瀬さんにお願いするんわ、いくらなんでも違うっていうか……」
「……そうだよね……」

 朝日は言葉を選びながら中島を説得する。
 だが、中島は藁にもすがる思いでミラにお願いをしにきたのだろう。
 下唇をギュッと噛んでいた。

「……中島さん、さっきも言ったけど、私、黒魔術は使えないんだ。ごめん」

 ミラは断ってから、カードに目を落とす。
 黒猫から手渡されたカードが妙に自分の手に馴染んでいるように感じた。
 ガクンと俯く中島を見て、ミラはなんとも言えない気持ちになる。

「常田くん、さっきのカード、返してくれる?」
「あ? ああ。これ」

 常田が取ったカードも合わせて23枚を束にする。
 そして、そのカードをシャッフルしてみた。
 ミラはなんでそうしたかわからない。
 体が勝手に動いたのだ。
 すると、いつもそうやっていたかのように手が動く。
 カードを裏面にして、机の上で混ぜ合わせた。
 その慣れた手つきに朝日も常田も中島も驚いていた。

「黒瀬さん! なにそれ! なんか始めるん?」

 頬を少し赤く染めた朝日は、興味津々でミラに質問した。
 ミラはどうしてこんなふうに手が動くのかわからない。
 でも、ここは中島のためにも流れに身を任せてみよう。
 シャッフルし終えた後、ミラはなんとなくここから一枚引いてもらうのがいいのだろうと思った。

「中島さん、一枚引いてみて」
「え?」
「好きなカードでいいから」
「う、うん……わかった」

 中島は戸惑いながら、カードを一枚引いた。

「これ、ひっくり返していいのかな?」
「うん」

 「どうぞ」とミラが首を縦に振る。
 朝日も常田も中島が引いたカードに夢中だ。
 視線がカードに集まる。
 そのカードはーー。

ーー仮面。

「仮面……?」

 中島は真剣にカードに記された文字を読み上げた。

「仮面ってなんや! なんなの? 黒瀬さん」
「カードに意味があるのか?」

 三人の疑問にミラはスラスラと答えた。
 勝手に口が動いたのだ。

「誰かが本音を隠している」

 自分でも驚いた。
 このカードを見たのは本当に初めてだし、カードの意味も知らない。
 なぜ自分が三人の問いに答えられるのかもわからない。
 自分の意志で話しているわけではないのだ。

「誰かが本音を……私に隠してるってこと?」
「…………」
「黒瀬さん?」
「……あ、ごめん」

 自分の意図していない手の動きや発言にミラは動揺した。
 中島が心配そうにミラの顔を見る。

「大丈夫?」
「あ、うん。それで、中島さん、何がなくなったの?」
「え……えっと……」
「言いづらい? 朝日くんと常田くんに、席外してもらう?」
「う、ううん。ごめん。大丈夫。その……実はラブレターなんだ……」