俺様で冷徹なハイスペック医師は ツンデレで不器用で激甘な素顔を隠せない

​葵の規則正しい寝息を確認し、モニターのバイタルデータに異常がないことを確かめると、律は足音を殺して特別病室をあとにした。
​白衣のポケットから医療用のスマートフォンを取り出し、画面をタップする。時刻は午前2時45分。
​静まり返った重厚な廊下を歩きながら、律の表情からは先ほど葵に見せていた微かな甘さや柔らかさが影を潜め、一切の隙がない「絶対的支配者」としての冷徹な顔へと戻っていた。
​医局へ戻る途中、ナースステーションで夜勤のベテラン看護師が姿勢を正して頭を下げる。
​「御堂先生、遅くまでお疲れ様です。一ノ瀬さんのご様子は……」
​「問題ない。指示通りの点滴ラインで落ち着いている。……だが、3時と5時のバイタルチェックは俺の端末へ直接同期させろ。少しでもST変化が見られたら、即座に俺を起こせ」
​「かしこまりました」
​医局のドアを押し開けると、律はデスクに深く腰掛け、すぐさま高精細のトリプルモニターを立ち上げた。
​画面に映し出されるのは、欧州のトップ循環器学会から直々に依頼されている最新論文の査読原稿と、来週に控えた別の超難関・大動脈瘤手術の3D解剖データだ。
​「……ふん、稚拙な考察だな」
​画面上の英文論文に対し、思考のスピードを落とすことなくキーボードを叩き、容赦ない指摘と修正案を打ち込んでいく。わずか20分で一本の論文査読を終わらせると、次は葵の手術に向けたシミュレーション画面を開いた。
​葵の心筋の厚み、冠動脈の走向、特注グラフトを吻合するミリ単位の角度——。
​頭の中で何百通りもの執刀手順を組み立て、万が一の術中トラブルまで想定しつくす。
​天才と呼ばれる理由は、才能だけではない。誰も追いつけない圧倒的な努力と、一瞬の妥協も許さないこの完璧主義にこそあった。
​「俺の執刀で落とす命など、一つもない……ましてや、お前の命はな」
​東の空が白み始める頃、律は短時間の仮眠を取るべく、ソファーへ身体を横たえたのだった。
​「おはようございます、一ノ瀬さん! 夕べはよく眠れましたか?」
​窓から差し込む爽やかな朝の光とともに、明るい声が病室に響いた。
​朝のバイタルチェックにやってきたのは、担当看護師の山下だった。
​「あ……山下さん、おはようございます。はい、おかげさまでぐっすり眠れました」
​身体を起こすと、葵の胸の圧迫感はすっかり消え、久しぶりに澄んだ空気を吸い込めている感覚があった。
​「良かった! 心電図の波形もすごく綺麗で安定してますよ」
​山下は体温計を手渡すと、手際よく血圧計のカフを葵の腕に巻きながら、優しく微笑んだ。
​「お部屋、静かでよく休めましたか? 実は今朝の御堂先生の指示で、しばらく面会や不要な出入りは制限することになったんです。一番大事な時期だから、徹底的に安静を保たせるようにって」
​「え……面会制限、ですか?」
​「ええ。先生、今朝の早朝回診の前にもご自分でデータを細かく確認されていきましたよ。『少しでも体調や環境に変化があればすぐに報告しろ』って、私たちスタッフにも念を押されていて……本当にお厳しいですが、一ノ瀬さんの回復を第一に考えてくださっていますから」
​「……そうですか」
​手元の記録タブレットに数値を入力し終えると、山下は「では、また後で来ますね」と手際よく病室をあとにした。
​カチャリとドアが閉まり、室内に再び静寂が戻る。
​(……面会制限まで……)
​面と向かっては「余計なことを考えるな」「ただ寝ていろ」と素気なく言い放つ彼が、自分の知らないところでそこまで徹底して静養環境を固めていたとは思いもしなかった。
​ふと目に入ったベッド脇の管理用端末を開くと、自動出力されたバイタルログのタイムスタンプに目が留まる。
『03:00 確認済(御堂)』
『05:00 確認済(御堂)』
​夜中のうちに何度も、彼が自分をモニタリングしてくれていた証。
「患者の安静のため」という正論の盾を傘に着た、あまりにも彼らしい圧倒的な過保護。
​胸の奥がじんわりと温かい熱を帯びていくのを感じながら、葵はそっと自分の胸に手を当てた。