最強ヴァンパイアに溺愛されています!

夜の見回りを終えたはずの校舎は、しんと静まり返っていた。
白雪美月は、転校初日の帰り道にうっかり落とした生徒手帳を探して、一人で旧校舎へ足を踏み入れていた。

「……あれ、こんなところだったかな」

小さくつぶやいた声が、暗い廊下に吸い込まれていく。
窓から差しこむ青白い月明かりだけが、古い床を淡く照らしていた。

その時だった。

コツ、と背後で靴音が鳴る。

びくっと肩を揺らして振り返った美月の視線の先に、ひとりの男子が立っていた。
黒髪に、夜を溶かしたみたいな深い瞳。
整いすぎるほど整った顔立ちなのに、その雰囲気はひどく冷たくて、どこか人ではないものを感じさせる。

「誰」

低く、静かな声。
問いかけなのに、命令みたいに胸を震わせる響きだった。

「わ、私は……今日転校してきた白雪美月です。生徒手帳を探してて……」

答えた瞬間、その男子の目がわずかに細められる。
まるで何かを確かめるみたいに。

次の瞬間、美月のすぐそばを冷たい風がすり抜けた。
気づけば彼は目の前にいた。

「え……っ」

あまりの近さに息が止まる。
逃げようとした背中が、とん、と壁に触れた。

「動くな」

静かなのに逆らえない声だった。
彼は美月の髪に触れそうなほど顔を寄せ、そっと息を吸う。

その瞬間、彼の表情が初めて揺れた。

「……なんだ、この匂い」

かすれた声に、美月の鼓動がどくんと跳ねる。
近い。近すぎる。
知らない男の子なのに、どうしてこんなふうに見つめられているのか分からない。

「きみ……」

彼の指先が、美月の頬にふれた。
ひんやりとした温度に、肩が震える。

「怖がるな」

そう言ったくせに、その瞳はひどく危うかった。
まるで必死に何かを耐えているみたいで、冷たい顔の奥に熱を隠しているようだった。

「お、俺は九条ルカ」

短く名乗ったあと、ルカは苦しそうに眉を寄せた。

「本当は近づくつもりなんてなかった。でも……無理だ」

「え……?」

意味が分からないまま見上げると、ルカの視線は美月の首筋で止まっていた。
ぞくりと背筋が震える。

「その血の香り、反則だ」

さっきまで抑えていた空気が、そこでふっと変わった。
冷たかったはずの彼が、急に熱を帯びたように見える。

「逃げるなら今のうちだ」

そう言いながら、ルカは少しも離れない。
むしろ、美月を囲うみたいに壁へ手をついたまま、じっと見つめてくる。

「……逃げません」

自分でもどうしてそんなことを言ったのか分からなかった。
怖いはずなのに、不思議と目をそらせなかった。

その答えを聞いたルカが、ふっと息をのむ。

「後悔するなよ」

囁くように言って、彼は美月の肩をそっと抱き寄せた。
強引ではないのに、逃がさない熱がある。

そして首筋へ顔を寄せる。
触れる寸前で一度だけ止まり、確かめるように小さく問う。

「……ほんとに、いいんだな」

美月はぎゅっと制服を握りしめながら、こくんとうなずいた。

次の瞬間、首筋にひやりとした感触が落ちる。
唇がふれて、それから、かすかな痛み。
けれど怖いだけじゃない。
胸の奥がきゅっと甘くしびれて、力が抜けそうになる。

「んっ……」

もれた声に、ルカの腕がぴくりと揺れた。
けれど彼はすぐに美月の背を支え、倒れないよう抱きしめる。

まるで壊れものを扱うみたいに、ひどく優しく。

やがてゆっくりと顔を上げたルカは、どこか呆然としたように美月を見つめた。
その唇の端に、赤い色がにじんでいる。

「……最悪だ」

「えっ」

「もう、お前を放っておけない」

さっき会ったばかりなのに。
名前を知ったばかりなのに。
ルカは熱を帯びた瞳で美月を見つめたまま、頬にそっと手を添える。

「白雪美月。今夜からお前は、俺が守る」

有無を言わせない声音だった。
なのに不思議と嫌じゃなくて、胸がどきどきとうるさい。

「誰にも触れさせるな。お前の血も、お前自身も」

月明かりの下で告げられたその言葉は、まるで甘い呪いみたいだった。