「明日から、一週間有給を取ってもらう」
人事部、専務執務室。
専務秘書になってから、しばらくした頃、急に専務に言われた。
……まあ、この人の唐突さは今に始まった事じゃないけど。
「君は、有給消化もしていないな?」
「はあ……。特にお休みをいただくこともなかったもので」
「丁度いいから、休んでおけ。貧血気味だろう」
貧血気味なのは、あなたのせいですけどね。
……とは言えなかった。
一応、契約しているわけだし(不本意ではあるが)。
この有給も体調管理の一環ならば、契約の内だ。
「でも、明日からの仕事はどうするんですか?」
「代役を頼んである。入ってきなさい」
「はい。失礼します〜」
この甘ったるい語尾の伸ばし方は……。
「三園さん!?」
三園さんが、私の代役……?
どうして……!?
相変わらずの可愛らしいネイルを見せびらかすように、顔に手を添えている。
「君が有給を取ると言ったら、彼女の方から代役を買って出てくれてな。万が一の事も考えて彼女にも仕事を覚えてもらう事にした」
「そ、そうですか……。それは……心強いです……」
それは、私の身に何かあったら、もしくは私が役立たずでお役御免になってしまったら……。組織として後任が必要なのはわかる。
でも、三園さんだけは嫌だ……!
彼女は専務の傍にいてほしくない……!
実は、この間お手洗いで聞いてしまったのだ。三園さんが、私に対して故意に仕事を押し付けている事を……。
*
「三園っちさぁ……。なんで琴吹先輩にそんな厳しいわけ?」
個室から出ようとしたところ、三園さんの名前が聞こえて出るのを躊躇ってしまい、そのまま盗み聞きのような形になってしまった。
「厳しいかなぁ? あの人仕事できるから、お願いしてるだけじゃん」
「でもさ……社長の娘なんでしょ? 告げ口とかされたら……」
「ないない。あの人は自分の立場よくわかってるよぉ。そんな事したら公私混同じゃない。仕事なのにぃ」
「いや、仕事でもさ……」
どうしよう、さすがにここで出ていくべきか……。
ドアの鍵に手をかけようとした時、耳を疑うような言葉が私の心をさらに抉った。
「……私ねぇ、琴吹先輩みたいな人嫌いなの」
「え……?」
「優等生ぶってぇ、何も知らずにぃ、私悪くありません〜みたいな顔してる人」
「え、そうなの……?」
「そうよぉ、そういう人なの」
三園さん、そんな風に思ってたんだ……。
今出ていったら確実に何か言われると思うと、足がすくんだ。
でも、私は彼女にそこまで言われる事をしたのだろうか? 彼女とはこの会社で初めて会ったし、職場での接点は仕事だけだ。
『何も知らずに』……もしかして、私が知らないだけで、何かに巻き込まれている……とか?
巻き込まれているといえば、吸血鬼の専務にだけど、それこそ三園さんとの接点がない。
*
……とまあ、そういうことがあり、三園さんが何らかの理由で私を嫌っている事がわかった。
そんな彼女が、専務に近づいていろいろ知ってしまったら……後が怖い。
「琴吹先輩、私にまかせて、たっぷり休んできてくださいねっ」
「あ、ありがとう……」
専務秘書になって、せっかく彼女の嫌がらせから解放されたというのに。
彼女がここにいるだけで、すごくモヤモヤする……。
そういうわけで、私は今モヤモヤを抱えたまま一週間の休暇を満喫することになってしまった。
とは言っても、夏季休暇以外で一週間も連続で休みをもらえるなんて、なかなかない事だ。
自炊はするとして、他は何をすればいいかわからなかったので、とにかく体を休めようと一日目は家でゴロゴロした。
二日目ですでに家にいる事が退屈になってきたので、出かける事にした。
専務と三園さんは、今頃二人で仕事をしているのだろうか……? と少し気になってしまった。
うーん、いくら気になるからって、会社の近くまで来てしまうとは……。
私は別に、専務の事は契約上仕方なく一緒にいる関係だし、婚約だってほぼ口約束で、印とかそんなの人間には全然関係ないし。
しかし、有給中なので会社の中まで入ることはしなかった。きっと専務の事だ、『休んでいろと言っただろう』なんて言うに決まっているから。想像するだけで笑みが溢れる。
来たのはいいけど、特に何もすることはない……。
やっぱり帰ろう。
そうだ、せっかく外に出てきたから、何か食べて帰ろうかな。丁度お昼時だし。
と元来た道を少し歩いた時、
会社から出てきたのは、仲良さそうに腕を組んで歩く専務と三園さんだった。
専務……なんで?
なんで三園さんと、腕を組んでいるの……?
距離を取った後だったのが幸いだった。二人はこちらに気づかずに向こう側へ歩いて行った。おそらくお昼ご飯を食べにでも行くのだろう
自分が思ったよりもショックを受けている事に気づく。
苦手な三園さん相手だったから?
それとも、私はやっぱり専務の事が……好きなの……?



