「三週間に一回の約束でしたよね!?」
「我慢できない」
あぁぁああ、そんな潤んだ瞳で見つめないでください。
頬が熱い。心臓がうるさい。
まさか自分がこんなにイケメンに弱いとは思わなかった。
「昨日は餓死寸前で、たくさん吸ってしまったから……。今日は稀が倒れない程度にするから」
プライベートになったら名前で呼ぶのも反則!
「わ……わかりましたぁ……。でも、ひとつ約束してください」
「なに?」
「マズイって……言わないで」
目を伏せて、絞り出すように言葉を出す。
あれは、わりと傷ついた。
「……わかった」
そう言って、岩鬼専務はそっと私の髪に触れ……首筋に噛みつく。
チュウウ、と血が吸われていく感覚がわかる。
「んんっ……」
変な声が出てしまった。
だって痛みとかほとんどなくて、位置的にその……ゾクゾクするというか。
それに、少しだけって言ったのに全然離してくれない。
「専務、も、もう……」
そろそろ離れてください、って言おうとした。
(もうやめてほしいのに……)
そう思ったはずなのに、胸の奥がきゅっと締まって、なぜか少しだけ寂しいような気がした。
(……私、どうしたの)
専務は口を離して普通に抱きしめてきた。
そのまま床に押し倒される。
(……なんで?)
頭がくらくらして抵抗できない。
専務、やっぱり二日連続の吸血は、普通の人間には厳しいです。
明日も仕事なのに。
くてっとしてしまった私を見て状況を把握したのか、専務は離れてくれた。
けれど、目を合わせてくれない。心なしか、耳が赤いような気がする。
私の血を吸って、血色が良くなった?
「す、すまない……。洗い物をして帰る」
「え、いえ……。置いといてもらって結構ですよ」
「無理をさせてしまった詫びだ。素直に寝ておけ」
「ありがとうございます……」
行動は突拍子もなく強引だけど、やはり専務は優しい。
ああ、どうせなら、普通に愛されたかったな……。
稀血とかじゃなくて、ただの人間として。
吸血鬼にそれは無理か……。
専務は洗い物を終えると、気まずそうに言った。
「じゃあ、帰るからな。ちゃんと戸締りしておくように」
「はい。ありがとうございます」
専務が出て行ってから、ふらふらと立ち上がって玄関の鍵をかける。
貧血って、どうやって治すんだっけ……? 鉄分の多い食べ物を摂るといいって聞いたことがあるけど、毎日お肉ばかりもなぁ……。
ちょっと勉強しておこう。
***
岩鬼は家に帰るなり座り込み、大きく溜息をついて先ほどの光景を思い出していた。
『マズイって……言わないで』
(……いや、可愛いかよ!!!!)
顔がにやけそうになるのを、両手で覆って耐える。
マズイと言われた事が相当ショックだったのだろう。初対面の女性に言う事ではなかった、と岩鬼は反省する。
『専務、も、もう……』
(ああ、わかってる。
「そろそろやめて」って事くらい)
しかし涙目の上擦った声で言われたら、その先を期待してしまうのが男の性であった。
(よく耐えた、俺)
若い女性で稀血の持ち主に会ったのが初めての事なので、少々浮かれてしまっていた。
勝手に印を結んでしまった事も、申し訳ないと思った。
昨夜は血を吸いすぎてしまい、彼女は目の前で倒れてしまった。命が危険な状態となったため急遽吸血鬼の能力を使うしかなかったのだ。稀血を前にして理性が抑えられなかった。
(きっと嫌われているだろうな)
なにせ出会いが最悪だった上に、翌日には強引に会社へ入り込み、婚約者などと言ってしまった。なかなかにハイペースである。
(今日も血をいただいて貧血にさせてしまった)
味はイマイチとはいえ、稀血の成分は吸血鬼にとって凄まじく活力をもたらすものだ。一般の血液の百倍ほどの栄養価がある。
彼女の血液が健康になり、それが最高に美味なものになったら……。
考えただけで岩鬼の体はぞくぞくと震えた。
(本気になってはいけない。
彼女は部下で、人間で、食糧だ──)
しかし、嫌われて距離を取られるのも避けなければならなかった。
この地位も、婚約者という立場も、すべて彼女を繋ぎ止めておくためだけの手段にすぎない。
岩鬼は、そう自分に言い聞かせた。
それなのに、この胸の高鳴りはなんなのだろうか──



