吸血鬼専務は私を逃さない〜契約から始まる極甘婚約〜



 一週間の有給休暇を終え、会社に戻ってきた。
 心なしか身体が軽い。
 きちんと休むって、大事だなぁ……
 じーんと感動して休んでいた日々を噛み締める。

「あっ、先輩、おはようございます〜」

 専務室に入ると、三園さんに挨拶された。
 ビクッと肩を震わせて、足を止める。
 彼女は相変わらず、上目遣いでネイルを見せびらかすようにしている。

「もっと休んでてくれても良かったんですよ?」
「はは……ありがとう……。でも、もうバッチリ充電できたから」

 苦笑しながらも、弱いところは見せまいとする。

「でも、気をつけてくださいね、先輩」
「……なにが?」
「岩鬼専務、意外と手が早いんですよ♡」

 そう言って、スマホに入っていた写真を見せられる。
 そこには、仲睦まじそうに腕を組んでいる男女の後ろ姿が写っていた。
 
(え……? これ……三園さんと専務……?)

 かすかに横を向いていて、それが判別できる。

「でも、先輩は大丈夫かぁ〜。専務秘書になってから、一度もお誘いなんてなかったですよね?」

 勝ち誇ったように、ニヤニヤといやらしい笑顔を向けられる。
 私は、どちらかというと家で食事改善されていたんだけど。
 でも、この写真はどういうことなんだろう……?

「あっ、内緒にしてくださいよぉ〜? 専務、立場的にまずいじゃないですかぁ〜?」

 明らかにホテルの部屋へ入っていく写真だ。
 どうして、そんなことに……?
『最高の夜にしてやる』あの言葉は、嘘だったの……?

 私は婚約者と言っても、まだ公に発表したわけじゃない。
 三園さんは、知らずにホテルに誘われた……?
 じくじくとした胸の痛みが広がっていく。
 その時、専務室の扉が開き、岩鬼専務が入ってきた。

「おはよう。二人とも、早いな」
「おは──」
「おはようございま〜す!」

 私の挨拶に被せて、三園さんが押しのけるようにして前に出る。

「やけに張り切っているな?」
「専務と一緒にいられるのが今日までなので……」

 三園さんは、うるうると上目遣いだ。
 しかし、専務は呆れたようにため息をつく。

「なにを言っているんだ君は」

 二人の間に、変な感じはしない。私にバレないように、いつも通りに……ということなの? どうして三園さんは、わざわざ私に写真を見せたのだろう。
 わからないことだらけで、めまいがしそうだ。

「三園くんは、しばらく人事部に残ってもらうことになる」
「はーい!」

 ズキッ、とひときわ大きく胸が痛む。
 てっきり総務に戻るかと思っていたのに。
 専務も、三園さんが秘書のままの方が良かった……?
 思わず拳を握りしめていた。

「琴吹くん」
「は、ハイッ」

 不意に名前を呼ばれて、背筋を伸ばす。
 
「今日から、またよろしく頼む」
「お、おまかせください!」

 そうだ、今は仕事中。
 写真のことは気になるけど、ひとまず置いておこう。
 けれど、気のせいかな……。視線を逸らされた気がする。
 やっぱり、三園さんとあんなことになって気まずいって思ってる?
 ダメだ。こんな調子じゃ仕事に集中できない。
 しっかりしろ、私! 両手で頬を叩いて、喝を入れた。

 三園さんは隣の人事部フロアに移ることになり、ひとまず安心した。
 早速仕事に取り掛かろうと、パソコンを開く。
 念のためデータをチェックすると、私が休んでいた分の仕事は、きちんとしてくれていたようで、ホッと胸をなでおろす。
 三園さんは、勤務体制の見直しに当たって不都合なことはないかなど、各部の代表社員と面談をしてくれたりもしていたらしい。そのデータが、テキストファイルにびっしりと入っていた。
 ……本当に、やればできる子なのに。
 ため息をつきながら、パソコン画面で勤怠チェックを行い、三園さんの面談資料と合わせて睨めっこする。

「うーん……」
「どうした?」

 振り返ると、専務が覗き込んできた。

「いえ……。やっぱり特定の部署は残業が多いと思いまして」

 パソコン画面をスクロールしながら答える。

「そうだな。特に薬品開発部は顕著だな」
「その辺りも、会議資料に加えておきましょうか」
「ああ、頼む。間に合いそうか?」
「おまかせください」

 私は新たにメモを取りながら、会議用の資料を作成していった。


 *


 その日の午後、人事会議が行われた。
 勤務形態の改善案を、人事部のみんなで相談するものだ。
 午前中に急いで作成した資料を、各席へ配っていく。

「……ほう、この資料、わかりやすいね」

 資料に軽く目を通した部長が、感心したように頷いた。

「そうですね。部署ごとの残業状況も見やすいですし……。これは、琴吹さんが?」

 隣の社員にも訊ねられ、私は苦笑する。

「そうですけど、三園さんがやってくれていた面談資料が良かったからですよ。私は、ちょっと手直ししただけで」
「いや、それでも大したものだよ」

 そんな会話をしているうちに、全員の手元へ資料が行き渡る。
 前方のスクリーンに資料を映し、岩鬼専務が立って会議を始めようとした、その時だった。

「その前に、ちょっといいですかぁ?」

 三園さんが、手を挙げる。
 ……嫌な予感がする。

「……なんだ? 三園くん」

 専務が発言を許可すると、三園さんはゆっくりと立ち上がった。
 指先を合わせてモジモジしながら、歯切れの悪そうに口を開く。

「実はぁ……提出するかどうか迷ったんですけどぉ……。でも、これは人事的にどうなのかなぁって思ってぇ……」

 困ったように眉を下げながらも、その口元はどこか嬉しそうに見えた。

「先ほど、琴吹先輩のパソコンに送ったので、確認してもらえますかぁ?」
「え……?」

 戸惑いながらも、私はパソコンを操作する。
 確かに、見覚えのないデータが送られてきていた。
 どうやら画像ファイルのようだ。

 ──カチッ。

 マウスをクリックすると、信じられないものが目に飛び込んできた。

「っ……!」

 瞬間、息を呑んだ。
 同時に周囲が一斉にざわめく。
 パソコンに接続していたスクリーンにも、同じ画像が大きく映し出されてしまったのだ。

「なっ……!」
「こ、これ……」